第1問 「一票の格差」問題

第1問

 日本の国政選挙、衆院選では北海道から沖縄まで小選挙区が300、参院選では選挙区が都道府県ごとに分かれて47あります。

 ただ、選挙区ごとに有権者の人口が違うため……

 候補者の視点では、有権者が少ない選挙区では、当選に必要な票数は少なくて済み、有権者が多い選挙区では、当選に要する票数がどうしても多くなる傾向にあります。

 同じ国会議員なのに、地元の選挙区で支持されている有権者の人数が全然違うという現実。

 有権者の視点に立てば、人口が多い選挙区に住んでいる有権者ほど、自分が持っている一票が 開票結果におよぼす影響力は弱まってしまうことになります。

 このような状態で選挙を行うことについて、あなたはどう思いますか? (A)(D)のうち、あなたの意見に最も近いものを選んでください。

 もう少し詳しい資料も用意しましたので、そちらも参考にして考えていただけると有難いです。

 

 [ 資料の入手はクリック先で可能です。データ量が大きくなりすぎて、このサイトに直接載せられませんでした。閲覧のお手数をおかけします]

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(A) 問題はない

・ 地方部は少子高齢化が回復困難なレベルまで進んでおり、財政状況も厳しく、中央政府へ一向に声が届かない。 地方に比べて便利で快適な暮らしをしている都会の人々が、国政選挙で多少不利な扱いとなることぐらいは、どうか甘受していただきたい。

・ 有権者全体に占める「得票率」を考えると、たとえば2010年の参院選では、広田一候補は、高知県の64万2271人の有権者のうち、約21.4%の票を得ているのに対し、千葉景子候補は、731万4651人の有権者のうち、約9.5%しか票を得ていない。広田候補が当選し、千葉候補が落選したのは、決しておかしな現象ではない。

 

(B) 公平ではないと思うが、不公平なことなんて世の中にいくらでもある。

・ 消費税増税/震災復興/原発問題/TPP/アジア外交問題など、一人一票よりもっと重大で、改善が急がれる社会問題は、ほかに山ほどある。 これらを前にしては、選挙での不平等な扱いもある程度は仕方がない。

・ たとえ、一票の価値に差があったとしても、有権者が投票所へ足を運び、票を投じる行為そのものに意味がある。客観的に一票の価値が低いからといって、実際の投票行動において支障や実害は生じていない。

・ 実際に投票所へ行く有権者もいれば、行かない有権者もいる。いくら有権者の総数レベルで平等にしてみても、選挙区ごとに投票率が違えば、事実上、票の価値の差が生じることになる。よって、一票の価値を厳密に調整したところでキリがない。

 

(C) もはや許されるレベルの不公平さではない。 だけど、選挙をやり直すのは大変なので、そこまでしなくていい。

・ 都会人ばかりが良い目に遭っているわけではない。都会に住み続けるのも大変なことは山ほどあり、それとこれとは話が別。

・ 北海道も一票の価値が低い地域に含まれるため、地方VS都会の二分論だけでは語れない。

・ 有権者全体に占める「得票率」を算出するなどして、選挙区の有権者全員を丸ごと「まとまり」として捉えては、実情が見えなくなる。 個々の有権者ひとりひとりの票からすべては始まる。その膨大な集積が開票結果となるにすぎない。

 

(D) こんなものは選挙として成立していない。当選者を全員辞めさせて、最初からやり直すべきだ。

・ 不平等を叫ぶだけでなく、実際にアクションを起こさなければ意味はない。

・ 投票所で投票用紙を手に持っただけでは実感できない不平等なので、知らず知らずのうちに不当な扱いを受け続けてきたかと思うと、なおのことむかつく。

・ どの地方の選挙区から出ようが、国会議員は全国民の代表である。 住所によって、ひとりの有権者が候補者を支持する力が区別されて許されるはずがない。

 

 

Point_7


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