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2004年9月 7日 (火)

誰のための景観か

<景観条例>札幌市自ら違反垂れ幕 6年間お目こぼし - 毎日新聞

 垂れ幕掲示を担当した観光文化局は「市の掲示物は条例適用外と思った」と釈明。しかし、企画調整局は「数年前から指摘はしていたが、徹底していなかった」と話し、事実上の黙認だったことを認めている。

 縦割り行政も「地方の時代」なんですかね。

 市は主催するライラックまつりや雪まつりを知らせる垂れ幕(縦30.8メートル、横2.4メートル)を中央区大通西4の北海道銀行本店ビルの壁面に毎年出している。98年に制定された同条例で、大通地区で広告物を掲示する場合は市への届け出と、大きさを壁面の4分の1以下かつ25平方メートル以下に抑えることが義務づけられた。

 私も学生時代、夏に札幌大通りへ行ったことがありますが、独特の直線道路や直線公園の奥行き感が、「北海道に来たなぁ」という気分を高揚させてくれているようで、スカッと心地よかったのを憶えています。あの都市景観をぶちこわせるほどの垂れ幕って、どんな大きさのものをイメージすればいいんだろうかと、ネットで探してみたところ、さっそく見つかりました。

 さっぽろ雪祭りレポート「WORLD MASTER WEB」様 ※リンク事後報告…)

 いかがでしょうか。観光都市以外なら、何のことはない普通の広告です。むしろ広告として遠慮がちな印象すら受けます。この程度の大きさの広告につき、そこに書かれている文字が、観光誘致の「まつり」だったら見過ごして、「金融機関の経営統合のおしらせ」だと、景観を損なうとして足を引っ張る。
 これでは表現の内容規制じゃないか、と目くじらを立てて怒るつもりはございませんが、この騒動は、いかに「よい景観」「よくない景観」というものが人間の直感に基づくものかを如実に物語っている気がいたします。

 個人的には住宅地にもかかわらず、ベランダに洗濯物ひとつ干されていない地域について、逆に居心地の悪さのようなものを感じてしまうのですが、それはきっと、自分にとっての生活空間(日常)だからなんでしょうね。一方で、雑然さの排除されている札幌大通りに私が心地よさを感じたのは、そこに新鮮な刺激としての「非日常」があるからです。
 もっとも、多様性の混在や雑然さに、その都市や住人の持つ、蒸し返すほどのエネルギッシュさを感じ取ることもあります。私の29年間の人生唯一の海外旅行経験である、韓国・釜山(プサン)とか。

 「さっぽろ雪まつり」「北銀の北陸銀行との経営統合」、いずれの垂れ幕も、少なくとも北海道に住む生活者にとって必要な情報です。それが一時旅行者にとってどうかといえば、たしかに「経営統合」は直接有用なお知らせではありません。しかし、「おぉ、ここが北海道銀行の本店かぁ」と、自分が「北の大地」にいることを改めて実感する人もいるでしょうし、ふと地元企業の名前を目にして、その名の通りっぷりに誇らしげになっている富山県からのツアー客もいらっしゃるでしょう。それ以上に、大多数の旅行者にしてみたら、視野に入っていても視覚刺激として意識していないぐらいの、そんな垂れ幕ではないかと思われます。

 私たちは、それくらいの情報の楽しみ方やかわし方を、ちゃんと心得ています。おそらく、札幌市職員の皆さんも、仕事を離れれば同様のことを無意識になさっているのではないかと思います。それだけに、もう少し一般市民としての想像力をもって、ご自分の「公務員としての職務エネルギー」を適切に振り分けていただきたいと願うものであります。


 


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