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2005年1月31日 (月)

最高裁逆転判決の、何が「逆転」だったのか

 本件の在日コリアン女性は、東京都が1986年(昭和61年)に保健師(当時は保健婦)の採用要件から日本国籍を撤廃したことにより、1988年(昭和63年)に、外国人として初の保健師として採用され、1993年(平成5年)には主任に登り詰めました。その道ではパイオニア的存在だといってもいいのでしょう。

 この判決について議論するうえで、ゴチャゴチャになってはいけないのは、この外国人女性は、地方公務員になること自体は実現できている、ということです。ヒラの地方公務員から、もう一段上のステップである「管理職」にならんと望んでおられるのです。


 先週の最高裁大法廷判決を、可能な限りスッキリ表現しようとすると、以下のような感じになろうかと思います。

 一般論として、それぞれの地方自治体が、それぞれの判断で、条例などを根拠に、公務員として外国人を採用することを、法律(地方自治法)は禁止しているわけではない。

  ↓ただ

 職員として採用する以上、平等に扱わなければならない。

  ↓だとすれば

 「管理職に昇進できる可能性は無い」という前提で、ある者をヒラの地方公務員として採用する場合、そういう通常と異なる取り扱いをする合理的な理由が必要だ。

  ↓では、その「合理的理由」とは何か。

 そもそも、日本の地方自治体の統治は、日本国民が最終的な責任を負う。それが「国民主権」なのだ。

  ↓

 日本以外の国家に所属する者、つまり外国人は、その外国との間で権利や義務を持っているのであって、そういう立場にある外国人が、日本の地域住民の権利や義務の内容を定めたりする自治体の管理職に就くことを、日本の法体系は想定していない。

  ↓そして

 地方自治体の管理職という立場には、2段階あると考えられる。

 (1)公権力を行使する地方公務員…地域住民の生活に直接・間接に重大な関わりをもつ。
 (2)その他の管理職…(1)へ昇進するための経験を積んでいる立場。

 この2段階の任用制度を採ることも、各自治体の判断に任されている。

  ↓だから

 このような制度を採る判断をしている地方自治体は、外国人に対して、(1)だけでなく、(2)の就任もさせない措置をしたとしても、「合理的な理由」に基づく区別だとして許される。

----------------

  ↓本件で

 東京都は、2段階の管理職制度を採用していた。

  ↓

 そして、保健師なら保健師という専門技術的分野のみを管轄するといった、公権力行使と無縁の管理職のありかたは採られていなかった。

  ↓だとしたら

 (2)のレベルの管理職も、いずれは(1)に就任することのあることが「当然の前提とされていたということができる」。

  ↓したがって

 日本国籍を持たない原告(被上告人)に、管理職昇任試験の受験をさせないという被告・東京都(上告人)の措置は適法。


 そして、これまでの判決遍歴を整理すると、こんな感じになりそうです。

  東京地裁 東京高裁 最高裁
A)立法権・行政権・司法権を直接行使する公務員 NG NG NG
B)公権力行使や公の意思形成に参画するなど、間接的に国の統治作用に関わる公務員 NG NG NG
C)補佐的事務や学術的技術的な専門分野の事務にたずさわる公務員 NG
(ただし、特別法を設ければOK)
OK
(統治に関わる程度が弱いから)
NG
(いずれ、Bレベルに移行する可能性があるから)


 つまり、在日コリアン女性の請求を一部認容した東京高裁も含めて、かなりミクロなところで結論が繰り出されてきたことがわかります。どの判決も、それぞれの立場で筋を通されていて、「こんな結論、絶対考えられん!」というものはございません。

 いずれにせよ、「外国人の公務就任権」というのは、あまり軽々と持ち出すべき性質のものではないと思います。自由や平等という“人権博愛思想”と、各国が持つ文化や公共意識の多様性を確保するための“独立”“主権”。大げさにいえば、このどちらを大切にして、どちらを一歩後退させるか、そのギリギリのせめぎ合いが問題となるからです。こういう意識が極めて低い、私を含めた日本人は、あまりにも平和に浸りすぎてきたのかもしれません。
 そんなところに、逆転敗訴した被上告人が、裁判所の「人権意識」を持ち出してきて一方的に批判しようとしても、空しく響いてしまうのは仕方ありません。

 人権や民主さえあれば万事オッケーというのであれば、「戦闘終結宣言」後のイラクで、あれだけの数や規模でテロは起きないでしょう。何者かによる独裁で支配されるのは、たとえ同じ国籍・同じ民族であっても御免だけど、外国人に占領されるというのも、また別の大きな拒絶感が生まれてくるものだろうと思います。中には、その拒絶感・不調和を克服するために、自分の命を差し出すことだっていとわない人々もいるのです。
 「外国人の管理職就任と米軍の占領では、話が全然違うだろう」とお思いの方もおられるでしょう。たしかに、全然違うかもしれません。しかし、判決後の記者会見で、公費で食べている公務員である被上告人に「世界に言いたい。こんな国には来るな」と公言されてしまった日本と、外国の大統領に「悪」だと名指しされたあげく、異教徒から異文化で染め上げられようとしているイラク。この間のどこで区別の線引きをしましょうかね。日本にいて、アメリカから「支配され慣れ」していると、「国家の独立」という、そのあたりの感覚がどうも麻痺してしまいそうで、気を付けなきゃならないなと思いますし。

 つぎは、国籍や帰化の法的意味についても、暇なし貧乏の私なりに、もっと突っ込んで調べたいですね。なんで、本件女性は帰化したがらないのか。「国籍」と「アイデンティティ」が一致しているのか。それとも、国の帰化行政に何か問題があるのか。 …本当は、次回の国民審査対象である才口判事と津野判事が、ともに多数意見に付いてらっしゃるので、このウェブログの趣旨としては、そこまで洗い出す必要は無いんですけどね。

 まぁ、現時点で少なくとも言えるのは、粛々と自分のフィールドで与えられた任務をこなす人、自分の中から湧くイメージを世間とうまく調和させて、クリエイティブな才能を発揮する人、そして、とりあえず大きな声を上げて特別視されてみたい人…、こういった人たちは、どの国籍であっても一定割合でいるんだな、ということです。


 


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2005年1月29日 (土)

二兎を追う者、傍聴できず

 去る水曜日は、例の最高裁大法廷と、桶川ストーカー殺人事件の捜査怠慢国家賠償請求訴訟の控訴審という、大きな判決が重なった日でもありました。前者が3時から、後者が東京高裁で1時半から。こんな社会的に影響ある判決を傍聴しようとするのは初めての田舎者で、勝手が分からず、10時前に東京高裁に到着したんですが、傍聴券の配布はすでに締め切られていた模様。午前中は通常の刑事公判を4件ほど傍聴してました。それで、12時半頃から、裁判所の正門前に突っ立っていました。寒かったんですけどね。

 すでに早くから到着していたのはテレビ朝日のクルー。早くも正門の脇に小さな脚立を組み立て始めています。そして、「君が代不当解雇裁判」の運動の方々が、のぼりを立ててビラを配っておられる風景が。その後、日テレ、テレビ埼玉と続々到着します。気のせいか、NHKは取材クルーたちの背後で遠慮がちにしていました感じ。
 フジテレビもいつの間にか到着。1時に読売新聞の取材陣の姿が見え、これらのメディア・スクラムが、ちょっと物々しいムードを醸し出しています。

 1時10分ごろ、国家賠償を請求して闘争中である遺族の方々が、被害者の女子大生の遺影を胸に裁判所に入る様子を撮影することに。そこで、マスコミの方から「ちょっと道を空けてください。のぼりも下げてください」という声が、「君が代不当解雇裁判」のメンバーたちにかかります。

 それを受けて、メンバーの代表の方(「不当解雇」されたという元高校教諭)が、その通りに指示されたんですが、その方、冗談交じりの感じではあったものの「せっかくなら、のぼりも映るように撮ってくれればいいのによぉ」「後ろから一緒に、のぼりを持って歩いてこようか」などと談笑していました。その横で私は失笑。桶川では、ひどい中傷を受けつづけた中で、人がひとり殺されているというのに、そのデリカシーの無さは何だ、と思いましたけどね。本当は、失笑することも不謹慎です。

 そんなこともあった後、徒歩で最高裁へ向かいました。路上に見える行列に並ぼうとしたんですが、これはすでに傍聴くじに当選された人たちの列だと警備員に説明されて、思わず傷心する私がそこに。そばにあった「当選発表」の掲示を見ると、ざっと1.5倍から2倍くらいの倍率だったようで、もし間に合っていればあわよくば、という感じでした。
 しょうがないので、最高裁の向かいにある国会図書館で調べものをすることに。そこで、今回の外国人管理職登用拒否訴訟の2審判決全文をゲットしましたので、それを踏まえつつ、今回の大法廷判決について考えたことを次回アップしてみようと考えています。
 やっぱり、判決全文を読んでみると、受ける印象が少し違いますね。前回は、手元のアンチョコ本で解説を済ませてしまい、どうも申し訳ございませんでした。(反省)

 それとですね、近日中にメールマガジンを発行することにしました。題して「裁判3分クッキング」。お代はいただきませんので、ぜひ皆様、購読予約などしてみてくださいませ。
 この私、司法試験の浪人時代にもメールマガジンを発行していたんですが、当時はとにかく時間がないのと、内容の完成度が低いのとでですね…。結局メルマガを3つ潰してます(笑)。今回こそは軌道に乗せたいものです。

 


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2005年1月25日 (火)

予習! 在日韓国人が公務管理職就任を拒否された事件

 明日の午後3時。いよいよ1年ぶり、個人的には上京してきて初の大法廷判断がなされます。それに備えて、ちょっと事案を整理してみることにしました。

 原告(被上告人)は、在日韓国人2世の女性(54)。都の保健師の方です。主に保健所や保健センターに所属し、住民の健康増進・疾病予防のために、様々な保健事業を行う職業で、保健事業には、住民健診・乳幼児健診・健康相談・リハビリ・予防接種 ・家庭訪問などがあります(サイト 青空保健師様より引用)。
 しかし、管理職昇任試験を受験すること自体が、日本国籍がないことを理由に東京都に拒まれたということで、受験資格の確認などを求めて提訴、という経緯です。日本国籍が無ければ、誰もが一律に受験資格がない、ということのようですね。都側としては、その既存の規律にのっとって処理したまででしょう。

 まぁ、外国人は外国人でも、在日コリアンということで、先の戦争や朝鮮併合など、史実の評価じたいが分かれる非常にデリケートな問題も絡みます。今でこそ空前の韓国ブームで、朝鮮名をオープンにするのも支障無くなってきた時代ですが。私が大学で朝鮮語を第二外国語にしていた頃(単に「ハングルがカッコよく感じた」という動機で)は、まさかこんな世の中が来るとは思ってませんでしたしね。


■第一審:1996/05/16

 国民主権の原理は、我が国の統治作用が「主権者と同質的な存在」である国民によって行われることを要請。

 ↓よって

 憲法は、外国人が、直接的・間接的に国の統治作用にかかわる公務員に就任することを保障するものではない。

 ↓もっとも

 法律で、外国人に対して間接的に国の統治作用にかかわる職務に従事する公務員に就任する権限を授与することは、憲法上禁止されていない。

 ↓本件では

 権利職選考は、我が国の統治作用にかかわる職への任用が目的。

 ↓

 在日韓国人に管理職選考試験の受験資格を認めないことは、22条1項(職業選択の自由)、14条1項(法の下の平等)に反せず適法。

■第二審:1997/11/26

 管理職は、統治作用にかかわる蓋然性の高い職。

 ↓よって

 外国人に管理職就任権を認めることは、国民主権に照らして問題。

 ↓もっとも

 管理職でも、統治作用にかかわる程度の弱いものも存在。

 ↓

 これらの管理職については、管理職就任権を外国人に認めても、国民主権に反しない。その範囲で、22条1項、14条1項による保障が及ぶ。

 ↓

 在日韓国人に管理職選考試験の受験資格を認めないことは、職業選択の自由・法の下の平等に反し違法。慰謝料40万円。


 まず、一般論として、そもそも外国人に日本国憲法の基本的人権規定は、どこまで保障されていいものか、という問題があります。これについては、権利の性質上、日本国民のみを対象としているものを除いては、外国人にも及ぶというのが最高裁の判例です。昭和53年でしたかね。
 それを思うと、公務管理職の就任権というものを外国人に認めるというのは、なかなか厳しいものがありそうです。「人類普遍の原理」なんていう格好の良いものではなく、まさに国内問題ですから。ちなみに、地方自治とか地方公務員の話であっても「国民」主権の問題になります。

 一審の地裁と二審の高裁では、結論こそ真逆ですが、論理の流れとしては少し似ているように見えます。どちらも、一般論としては国民主権との兼ね合いで問題があることを指摘しておいて、次に公務管理職を十把一絡げにしてるわけではなく、二種類に分けようとなさっているんですね。かなりザックリとではありますが。
 地裁は、国の統治作用に「直接的」に関わるか、「間接的」に関わるかで管理職を分類しています。そして、原則として、外国人の就任はどっちもダメだが、例外的に法律の特別規定を作れば、「間接的」なほうへの就任はオッケー、という基準を立てました。
 定住外国人の地方参政権も、特別法さえあれば認められるという10年前の判例がありますが、おそらく、それを下敷きになさったのでしょう。
 ただ、地裁は本件保健師の管理職が、「直接」「間接」いずれに該当するのかは明言していないようです。たぶん「直接」ということは無かろうな、という気はしますが、まぁ、どっちみち特別法が作られてなかった以上、どう転んでも結論は変わらないからでしょう。

 高裁は、国の統治作用に関わる「程度の強弱」という表現を使っています。それで、その程度が「弱い」管理職であれば、外国人に任せても構わないだろう、という基準を立てています。その条件さえクリアしていれば、法律の特別規定なんかいらんよ、というわけです。
 そうして、本件保健師管理職を「弱い」ほうだと認定し、控訴人に管理職試験を受けさせろ、受けさせなければ違法だ、という結論を導きました。


◎上告審の口頭弁論:2004/12/15

 ご本人:「少数者である外国籍住民の人権を回復し、保障できるのは司法しかない」

 その弁護団:「外国人をすべての管理職から一律に排除しようとする都の姿勢は人権意識を欠いている」

 東京都:「公務に就任する権利は国家の主権者である国民にのみ保障されており、外国人は憲法上の権利として主張することはできない。昇任させないことは自治体の裁量として許される」

 二審判決から、足かけ9年ですか。何があったんでしょうかね。これぞまさしく「最高裁 忘れたころの 棄却判決」(by才口千晴判事)ってやつでしょうか。でも、明日棄却判決が出たら、都の違法性を認めた二審判決が確定するわけですから、えらいことになりますね。都知事のコメントにも注目せねばなりません。

 日本国の地方自治体の公務員になろう、という意思を持っているほどの外国人ですから、日本に定住する意思もあるのでしょう。だったら、帰化という選択肢もありますし、民間で活躍するという選択肢だってあるわけです。自らのアイデンティティを海の向こうに置き、帰化申請が通る以上の時間を訴訟に費やし、民間の保健センターを横目に見てまで、都の管理職にこだわらなければならない理由って何なんでしょう。この被上告人は、何と戦っておられるのでしょう。保健師の仕事ができるのなら、それでよかろうもん。

 …やっぱり、公務員の管理職って、そんなにグッド待遇なのか! いいなぁ~、役人天国。(笑)

 でも、役人天国に入国する権利って、人が人であるゆえに当然に享受すべき基本的人権なのでしょうか。素朴な疑問です。これを「差別」だと誤解する方がいらっしゃるのでしょうが、それでも構いません。この疑問への答えをお持ちの方、コメントお待ちしています。


 

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2005年1月22日 (土)

あけましておめでとうございます(遅ればせながら)

 「なんだ。ここのブログの作者は、お亡くなりにでもなったのか。」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。そう気に懸けてくださるだけでも有り難いことです。みなさま、丸2ヶ月のごぶさたでした。当ウェブログ執筆者のみそしるでございます。

 実は昨年11月も終わりに差し掛かった頃でした。家に帰り着き、いつものようにパソコンの前に座るわけですが、なぜかどのサイトを見ても、白バックに「表示できません」の文字が出てくるわけです。おかしいなと思い、ふとモデムを見ると、なんとまぁ、ADSL回線が切断されているではありませんか。

 そこから相当にゴチャゴチャ面倒くさい紆余曲折を経て、ようやく昨日ネットが復活したわけです。うれしかったですよ。プロの誇り高く粘り強いNTTのおじさん、昨晩は本当にありがとうございました。皆さんも、電話のトラブルは局番なしの113まで。
 昨日までの紆余曲折を全部書いてもいいですが、別に面白くはならないのでやめておきます。ただ、「ADSLがダメなら、かなり不便だけどISDNにしとくか」と、116に電話したら、光ファイバーを勧められたんです。金も無いのに「しょうがないな」と思って承諾したんですが、いざ調査をしに来てもらったら、「この部屋に“光”を引くのはムリ」だということが判明し、結局あっさり解約することに。この調査に来てもらうまでにも10日待ちだったのに、調査自体は10分そこらで終了。この調査のためにその日は休みを取ったのに。
 世の中うまくいかないものですが、それも過ぎ去りし頃の話。我がプライベート空間にも、ふたたび情報化の灯がともりました。

 ネットにつなげないと、ちょっとした情報を集めるのにも数十倍ぐらいの手間がかかりますからね。でも、これからは大丈夫。むしろ、以前よりも通信速度が上がったほどですから、どんどん法律・裁判系の記事をご紹介できることと思います。どうかご期待くださいませ。

 まずは、この年末年始にかけて、最高裁判所の裁判官が2名交替する人事がございましたので、その話題から。

■ 今井 功(いまい・いさお)
 京大卒。64年判事補。仙台高裁長官などを経て、02年11月から東京高裁長官。64歳。兵庫県出身。

■ 中川 了滋(なかがわ・りょうじ)
 金沢大卒。64年弁護士登録、第1東京弁護士会会長(日弁連副会長)などを歴任。64歳。石川県出身。

 まだ、現時点では、最高裁の公式サイトにプロフィールが掲載されていませんが、中川判事は、20年にわたって民事調停委員も務めてこられた方。当事者のトラブルを話し合いで解決するためのお手伝いをする仲介人です。ここだけ見ると、法律だけに縛られない広い見識をお持ちの方なのかもしれない、という気もいたします。
 就任記者会見で「激職で責任も大変重い。重責を全うできるか心もとない思いもあるが、おくすることなく毅然(きぜん)とまい進したい」というコメントを出されたと、共同通信により伝えられています。たしかに、最高裁判事の仕事は「激職」らしいんです。ただ、バリバリ動いて働くという意味の激務ではなく、とにかく机に向かって膨大な量の書面と格闘する「デスクワークの激務」なんですけどね。

 今井判事に関しては現時点では未知数ですが、少なくとも、東京高裁長官という、裁判現場のコアな身分からの順当な出世だということがいえそうです。どんな判決を書いた人なのか知りたいですが、ネットでは限界があるみたいです。そのあたりは、アナログ的に調べてまた後日。まぁ、東京高裁の長官が行った裁判についての知識が全くない私も私ですが…。
 …かと思えば、過去に最高裁民事局長も歴任していた模様。そこで司法行政を担当し、簡単に言えば、いわゆる「裁判しない裁判官」としての経験もあったということになります。まぁ、高裁長官まで登り詰めるような方には、むしろ多いケースですけどね。

 なお、最高裁といえば、来週水曜日(26日)に、全裁判官が集う大法廷での判断が行われます。内容は、外国籍の地方公務員が、他の同僚と比べて出世できないのは、憲法の保障する「法の下の平等」に反しないのか、というもの。
 「差別」なのか、それとも国民主権理念など合理的理由に基づく「区別」なのか。ここで差別だということで違憲判決が打ち出されれば、たしかに大ニュースになると思いますが、別にそこまでいかなくても構いません。私は、どなたが反対意見や補足意見を出されるのか、それとも全員一致なのか、そこに着目してまいります。

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