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2005年4月29日 (金)

4月のオススメ本

さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学
山田 真哉

おすすめ平均
さおだけ屋は商売になる
入門書の入門書としては良書だと思う。
お薦めしない
入門書として。
痛快で愉快、納得でお得なベストセラー。

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 会計という分野の面白さを感じるというより、『読ませ方』の巧さが際だっている本だと思います。章の最初に「ミステリー」を持ってきて、「謎解き」をしながら、経済の仕組みを説明していく。
 この手法は、法律本でも十分に使えそうですよね。私に書けるかどうかは別として。


憲法の常識常識の憲法
百地 章

おすすめ平均
憲法が分かる1冊

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 今は無きサイト「司法試験に呑まれるな!」に、「人権にモノ申す!」という長文を公開したことがありました。当時は「人が人であるゆえに当然に……」なる、あの決まり文句から漂うスカスカした違和感を、受験生時代の私なりに、なんとかして拭い去りたかったんです。今では、あんな論理的に破綻しきっている文章を大々的に書いて、心底恥ずかしいという気持ちしか残ってませんが。

 いわゆる「人権論」の虚しさは、権力の行きすぎを防ぐためのシステムや法技術を、「人間性」という定義不明の抽象論から導こうとしている点にあると思います。別に抽象論が問題なのではありません。歴史の積み重ねでできている現代社会を、そこから人工的に切り離された実体の見えない概念で動かそうとする姿勢を問題にしているんです。

 もちろん、王が民を支配し搾取し……という時代は、そういった抽象的スローガンを連呼することにも、それなりの意味があったのかもしれませんけどね。
 憲法とは、国民と公権力の関係を規律する法であり、その関係にトラブルが生じた場合に、裁判所が裁定するための基準です。にもかかわらず、『個人の尊重』という重みづけばかりを強調して、国民という一方当事者ばかりに肩入れしては、そんな人権スローガンそのものが『法の下の平等』に反するといわれても仕方がないでしょう。
 公的機関は、国民の基本的人権という目的を達成するための手段なんでしょうか。私はそんな主張を聞くたびに、「人権も手段じゃないのか」とツッコミを入れたくなります。

 行政訴訟で、公権力側ばっかりが勝つのは、『個人の尊重』が浸透していないというよりも、裁判所の『事なかれ主義』体質のせい。つまり、憲法以前の問題だと私は考えています。


憲法とはなにか
櫻井 よしこ

おすすめ平均
わかりやすい!

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 当の安部英氏は、先日お亡くなりになりましたが、法律上、損害賠償請求権は相続の対象ですので、故人のご遺族に引き継がれて、名誉毀損裁判はまだ続くはずです。

 それで、“櫻井よしこさん逆転勝訴祈願”……というわけでもないのですが、発売当時、某司法試験塾の塾長が内容を批判なさって話題となった、この本をご紹介。国民の権利と同列に、義務も憲法上に列挙すべきという意見には、私も「うーん」と考え込んでしまいます。そういう義務は、法律でさんざん規定してあるから、それでいいんじゃないの?というのが私の「憲法感覚」です。
 とはいえ、難しいはずのことを歯切れよく、明快に書きつづってある、お勧めの憲法本です。

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2005年4月16日 (土)

薬害エイズ報道をめぐる櫻井よしこさん名誉毀損民事(4/14最高裁第一小法廷)

 「憲法の番人」最高裁判所は、けっこう親切だ。意外といたれりつくせり。

 電話で問い合わせてみても、聞いたことを丁寧に教えてくれるし、当日、南門前(一般傍聴入口)に行くと、警備の方から敬礼される。一瞬「びくっ」となるが、話してみると案外きさくな人。「12時半から入場できますので」という説明があったので、それまで適当に時間をつぶすことにする。
 だが、なにせ日本国の中枢地帯だ。気軽に入れそうな店はあまり無く、たぶん近辺で唯一であろうマクドナルドも、昼時と重なってものすごい行列ができている。仕方なく、自民党本部の裏にあるコンビニで、立ち読みしながら12時半を待つことにした。

 傍聴バッヂを受け取って、石造りの階段を上がり、石造りの建物の中へ。東京地裁・高裁だと、バッグは金属探知器に通した上で持ち込めるのだが、最高裁は、筆記具以外の持ち込みは原則NGのようだ。ロッカーも用意されていた。

 警備員の方が、待合場所の階まで誘導してくださって、ひきつづき、もうひとりの係の方が、待合場所まで案内してくれた。
 1時15分。第一小法廷に入廷できます、とのことなので、40人ほどの傍聴希望者が、さらに階段を上がって、ゾロゾロと法廷へ。その途中、あの川田龍平くんの姿を発見。上京して初めて有名人を目撃した私。あんまり有名人と言っていいのかわからないけども。

 他の下級裁判所の法廷は、いかにも蛍光灯まる出しの照明だが、最高裁は違う。いかにもドラマに出てきそうな間接照明の第一小法廷。小法廷というが、東京地裁の101法廷か、それ以上の広さがありそう。
 すでに報道カメラはスタンバイしている。私はほぼ中央の傍聴席をゲットすることに成功。左ひとつ飛ばして隣の席に、川田龍平くんが座っている。

 開廷数分前に、訴訟当事者が入廷。上告人席に櫻井よしこさん、さらにテレビでおなじみの河上和雄弁護士。いっぺんに有名人を見ることができ、すでにお腹いっぱいのところに、すかさず中央の門から最高裁判事が入廷。全員が起立して一礼。

 裁判長は「最高裁 忘れたころの 棄却判決」の名句でおなじみ、弁護士出身の才口千晴判事。その両脇を固めるのは、島田仁郎判事と、最高裁にいらしてから急にリベラル寄りになったと噂の泉徳治判事。

 真ん中の傍聴席をとれたはいいが、真ん中だと、中央にお座りの才口裁判長の顔を見づらいことにまもなく気づく。とにかく、前に座っているオッサンの頭がジャマなのだ。各裁判官の表情を見たいのだが。

 ほぼ静止画に近いであろう、2分間のVTR収録タイムを終え、才口さんから「お待たせしました。開廷します」の声。いよいよ1時32分に審理開始。


刑法 第230条(名誉毀損)
1 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
(※以下略)

刑法 第230条の2(公共の利害に関する場合の特例)
1 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
(※以下略)


最高裁1969(S44)/06/25大法廷判決
 刑法第230条の2第1項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実だと誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、故意がなく、名誉毀損罪は成立しない。


 名誉毀損罪は、相手の社会的評価を下げるに足りる言動であれば、その内容がウソだろうとホントだろうと罪になります。それが原則なんですが、ホントのことを言った場合には例外がありまして、「真実性」「公共の利害に関わる事実」「公益目的」という3要素を証明することに成功すれば、違法性が無くなり、不可罰となるわけです。

 しかし、「真実性」を証明するのが、かなり困難な場合があります。あるいは虚偽の事実を真実だと勘ちがいして伝える場合もあるでしょう。そんなときは、確実な資料や根拠に照らして、その勘ちがいに「相当の理由」があれば、やはり免責されるというのが判例です。

 そして、この法理は、民事の損害賠償にもほぼあてはまるようでして、真実性ほかの3要素を証明できれば、原告の請求は棄却されますし、誤信の「相当性」が認定されても、やはり棄却されることになっている模様です。

 被告・櫻井よしこさんは、ジャーナリストとして、原告・安部英(この人は、刑事訴訟では被告人なので、ややこしいですが)氏の『不正』を暴こうとしました。ご存じのとおり、安部氏は、帝京大学医学部長・副学長まで登り詰めた、わが国での血液学の権威。問題となっている1983(S58)年6月から1984(S59)年3月までは、当時の厚生省に設置された『エイズ研究班』の班長を務めていました。

 そのころ、エイズという奇病が報告されるようになり、世間でも騒がれました。このウイルスは、血液などの体液を介して感染するというわけで、人間の血液を原料に作られた血液製剤を血友病などの患者に投与すれば、当然感染のリスクがあります。
 それで、製剤をあらかじめ熱処理してウイルスを死滅させる『加熱製剤』に、できるだけ早く切り替える必要があったわけです。

 しかし、この加熱製剤については、ミドリ十字という製薬会社だけ、開発に遅れをとっていたといわれています。当時、ミドリ十字の製品は、国内シェアのかなりを占めていたようで、加熱製剤の販売で出遅れると、会社としても手痛いダメージとなります。

 そこで、ミドリ十字は、『エイズ研究班』班長という立場の安部氏に、その権限で各製薬会社の加熱製剤の出来具合をチェックする『治験』という手続きを遅らせてほしいと頼み込んだとされています。しかし、『治験』をミドリ十字に合わせて遅らせれば、加熱製剤が世に出回るのも遅れるわけで、その間にも、非加熱製剤を投与された、血友病等の患者の間にエイズウイルス感染者が増えていくことになります。

=======【被告著作中より】
 「ミドリはうんと遅れてたんだ。トラベノール(※外資系製薬会社)はもうずうっと前からやっていたんだ。だから差がつくわけだ」「治験をやるのは僕らだからね。向こうが急いでやってこられたから、僕がちょっと調整する意味もあった」
=======

 そして、治験の時期、安部氏は財団法人「血友病総合治療普及会」設立の資金として、各メーカーから寄付を募っていたとされています。

=======【被告著作中より】
 一体いかほどの資金提供を受けたのか。通帳を確認する姿が幾度となく目撃されたのは、継続的に資金を受け取っていたということだろう。
 …資金提供を受けていたから、どの社も落ちこぼれないように治験を遅らせた安部氏は、一体いかほどの金に染まって医師の心を売り渡したのか。
=======

 この著作の内容が原告の名誉毀損だとして1000万円の損害賠償を求めて訴えを起こされているわけです。一審は請求を棄却したのですが、二審で逆転。400万円の賠償を命じられています。

 

 

 上告代理人は、原審(東京高裁)の判断について、相当性の判断について認定が厳しすぎ、実質的に無過失責任とするもので、しかも、真実性・相当性について書いた側に立証責任を負わせるのでは、言論を萎縮させるものと批判。ある情報が社会的に重要なものであれば、その注意義務は軽減されてしかるべきと主張した。
 もうひとりの代理人は、原判決は、一ジャーナリストに検察官なみの証拠収集能力を求めるものだと批判。証拠の証明力にはそれぞれ差があるのだから、原判決には不合理な決めつけがあり、膨大な資料のこまごました細部に目を奪われたもので、木を見て森を見ずと言わざるを得ない。論理的思考の基本を忘れていると主張。さらに具体的に踏み込んで、上告人は「エイズ」という言葉じたいが忌み嫌われていた時代に、エイズ患者や製薬会社と対面して取材している、と「相当性」の要件を満たすことを強調した。
 最後に、本件をただちに収束させてほしいと裁判長に訴え、審理差し戻しの無いよう、クギを刺した。

 横に目を向けると、川田龍平くんが、懸命にメモにペンを走らせている。よーし、オラだって負けねぇぞー。

 そして、櫻井よしこさんが口を開く。
 当時は薬害エイズに関する取材が困難で、厚生省は「資料がない」といい、多くの取材対象は逃げていった。これを名誉毀損とするなら、真実をえぐりだす、他にどんな道があるというのか。社会の暗部に斬り込む者たちを封じ込めようとする、いかなる国家も健全ではありえない。それは「言論の死」を意味するもの。
 これは私個人の問題ではなく、ジャーナリストの未来、情報を共有するこの国の未来がかかっている。

 安部氏は刑事裁判の最中であり、裁判にかけられる者の気持ち、その負担の大きさは分かるだろう。記者も同じなのだ。

 被上告人の弁護団たちは、名誉毀損訴訟を乱発しており、このような態度を憎むものである。最高裁の裁判官の皆さんには、差し戻しのないようお願いしたい。


 最後に、被上告人の代理人による弁論。
 上告人の著書の、普通の読者であれば、ミドリ十字が金銭を譲り渡したとして受け取るだろう。そして、治験を遅らせた理由が安部氏の権力欲にあると。しかし、そこに真実性の証明はなく、論評としても書いてはならないものだ。
 相当性についても、十分に高度なものが求められるべきで、客観的に一定であるべき。フリージャーナリストであることは理由にならない。検察官でもしないような表現を使って被上告人を追及し、それで名誉と収入を得た。一方で、被上告人はそれで職を追われることになった。

 これで40分ほどの弁論は終了。才口裁判長は、判決期日を6月16日の10時30分と指定し、閉廷した。

 あぁ、メモの字が汚い…。自分で書いておきながら解読不能な文字がかなりあったことを付け加えつつ、これを初めての最高裁傍聴録といたします。
 これから、メモの練習でもしようかいな…。



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