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2005年6月 9日 (木)

刑事訴訟法475条2項

◆ 刑事訴訟法 第475条
1 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。
 
 
 
 死刑確定から、わずか半年で法務大臣がハンコを押すという運用は、実際にはされておりません。死刑被執行者のページをご覧いただくとわかりますが、だいたい5,6年、長くて10年以上経過してから、忘れた頃に許可を出す形になっています。
 昨年、大阪の小学校乱入 児童殺傷事件で死刑判決を受けた囚人が処刑されました。死刑確定(控訴取り下げ)から1年が経過していたんですが、それを指して『異例のスピード処刑』と報じられていたほどです。

 なんだか、法務大臣だけが死刑に関して重責を担っているようですが、もちろんそんなことはありません。死刑を言い渡した裁判官、死刑を求刑した検察官、実際に絞首刑を執行する刑務官、法務大臣を任命した内閣総理大臣……。ひいては現在の法制度を享受するわれわれひとりひとりが、その『死』について責任を負っています。

 もちろん、刑が執行されないまま、何十年も拘置所で死刑囚として毎日を過ごす人もいます。これは形式的には違法状態なのですが、中には、再審請求が認められ、裁判のやり直しを行う場合もあります。死刑という刑罰の最大の弱点は、死刑囚がぬれぎぬを着せられていた場合に取り返しが付かないことです。

 私な、死刑という物騒な刑罰は、無いに越したことはなかろうと思っています。しかし、無いに越したことはないから無くすべきかは別の問題です。『死刑は国家による殺人だ』と主張する人は、仮釈放の可能性を断つ「終身刑」を、死刑の代替に据えようとします。では、終身刑は国家による殺人ではないのでしょうか。終身刑って、早い話が『軟禁殺人』ですよね。非人道の度合いに関して、どこかに根本的な違いでもあるのでしょうか。

 身勝手な殺人・死体遺棄事件が横行し、それらを憎み、恐れる気持ちを持っている以上、『国家による殺人』は、われわれ国民が引き受けて、抱えこみ、支えておかなければならない『罪』だと思います。それに、私はもう、『殺人事件もイヤだが、死刑もイヤ』と、無邪気なワガママを言えるような歳じゃありませんし。

 だからこそ、死刑が予告なしに行われたり、情報が隠蔽されたりしてもならないと考えます。死刑制度を支える責務を負う者は、死刑の現実を知る権利も持ててしかるべきです。(※当然ですが、なにも『公開処刑をしろ』と言っているわけではございません。念のため)
 
 
 
■ 南野法務大臣 就任記者会見 2004/09/27
 
 【Q】法務大臣になられると、必ず死刑の問題に直面すると思うんですけれども、その死刑制度に対する基本的なお考えと、その運用についてですが、先日執行された死刑は、確定から1年という短期間で執行になりました。この点について賛否もあったわけですけれども、どのように執行対象を選んでいかれるのか。

 【A】死刑についてどう考えているかということだろうと思いますが、いろいろな方々がいろいろなことをお考えになられると思いますが、大半の国民の方々もやはり死刑というものについてはいまだそのまま賛同している方が多いのではないかと思っております。そういう意味では、現在の法体系ということについて、さらに死刑はだめよということは今の時点では申し上げにくいことではないかなと思っております。
 それから、死刑執行に当たってどのように考えているかというお話でございますが、これは個別にいろいろな課題があろうかというふうに思っております。個別の案件につきましては、少し差し控えさせていただきたいというふうに思っております。この前死刑があったじゃないかというお話でもございましたが、その案件につきましても、これは個別の課題というふうに理解したいと思っておりますので、その件につきましては、どうぞご容赦いただきたいと思っております。

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コメント

社会を恐怖に陥れた殺人事件、犯人の逮捕までの大変な時間と費用、努力が実って逮捕、そして何度も裁判があり、死刑と判決された事案が、「法務大臣の私的な価値観」一つで「執行か否か」が分かれる。
これでは法治国家の名に値しないのではないだろうか。
「死刑の存否」について何度も世論調査が行われているが、全てのケースにおいて圧倒的に「死刑は必要」となっている。
民主主義とは国民の意思、価値観が法でなければならないはず。
権力を握る立場の大臣が、国民の価値観、幸福感とは180度異なる価値観で法を解釈することは、「権力の横暴」と見られても仕方がない。
勿論社会の変化、国民の価値観の変化で「死刑は不要」となった場合には当然に法律も改正されるべきである。
結論から言えば「死刑の存否は国民投票もしくは参政員制度によって決定され、大臣の承認は不要」とすべきである

投稿: | 2011年12月30日 (金) 11:15

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