名誉毀損の分かれ目…… 櫻井よしこ氏と新潮社
>>> 桜井さん逆転勝訴 薬害エイズ名誉棄損訴訟・最高裁
薬害エイズ事件を巡る記事で名誉を傷付けられたとして、安部英・元帝京大副学長=今年4月死去=がジャーナリストの桜井よしこさんに1000万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決が16日、最高裁第一小法廷(才口千晴裁判長)であった。同小法廷は桜井さんに400万円の支払いを命じた二審判決を破棄、元副学長の請求を棄却した。桜井さんの逆転勝訴が確定した。問題となったのは、1994年の月刊誌「中央公論」に掲載された記事「私の傍聴した『HIV訴訟』裁判」と同年発行の著書「エイズ犯罪 血友病患者の悲劇」で、桜井さんが「安部元副学長が製薬会社に配慮して加熱血液製剤の治験開始を遅らせた」などと指摘した点。元副学長側は6カ所の記述が名誉棄損に当たると主張した。
判決理由で同小法廷は、問題となった6カ所の記述について「真実であると信じたことには相当の理由があり、意見や論評の域も逸脱していない」と述べ、違法性を全面的に否定した。(日本経済新聞)
>>> 桜井さん「表現の自由守った判決」・薬害エイズ名誉棄損訴訟「表現の自由は最大限守られなければならず、大変な喜びを感じている」。最高裁判決を受け、ジャーナリストの桜井よしこさんは16日午前、東京・霞が関の司法クラブで会見し、逆転勝利した心境を語った。
グレーのスーツ姿で背筋をまっすぐ伸ばした桜井さんは「勇気を持って、社会の問題点を調査・報道することを後押ししてもらった判決」と評価。「支えてくださった(薬害エイズの)患者さんや弁護団に感謝したい」とゆっくり話した。
安部英元副学長は今年4月に死亡し、司法の場での真相究明の道は絶たれている。「医師としての説明責任を果たさず、亡くなられたことは安部さんにとっても不名誉なこと。患者や遺族にきちんと説明してほしかった」と語気を強めた。
一方、安部元副学長の弁護団は同日、「最高裁判決は、記事の内容を真実であると認めたものではなく、控訴審での判断は維持された」などとするコメントを出した。 (日本経済新聞)
【参考過去ログ】
櫻井よしこさん「薬害エイズ」著作名誉毀損訴訟 最高裁口頭弁論傍聴録(4月16日)
最高裁が上告を棄却し、原審の判断を維持する場合には、両当事者の言い分を直接に聞く弁論を開く必要はなく、いきなり棄却判決・決定を行えるものとされています。裏を返せば、第一小法廷が口頭弁論を開くことを決めた時点で、櫻井さんに400万円の賠償を命じた東京高裁判決が見直されることは、十分に予想されていました。
櫻井さんは著作の中で、安部氏を評して『一体いかほどの金に染まって医師の心を売り渡したのか』という、一歩踏み込んだ表現を採用しました。薬害エイズという厄介な大事件に巻き込まれたくないと考える関係者たちから、証言を得ることに難儀したという彼女ですが、そんな取材活動の中で、安部氏が治験をめぐって袖の下を受け取っていた事実の存在に確信を持っていたのでしょう。
第一小法廷は、治験で不利だった製薬会社の弱みにつけこみ、安部氏が『寄付』を受け取っていた報道について「真実と信じる相当な理由があった」として、違法性を否定しました。
少し難しい話ですが、その報道内容が客観的に真実なのかどうかは、とりあえず置いておくんです。そして、「自分は真実を報じている」と櫻井さんが信じたことが相当なのか、それとも軽率な思いこみだったのかという、表現者の主観面について判断しているところがミソです。その主観面で「相当性あり」と認定できれば、請求を退けるのに十分だからです。
また、「医者の心を売り飛ばした」うんぬんの表現について、「意見または評論の域を脱するものではない」として、こちらも原告の名誉を傷つけるものではないと結論づけました。
女性フリーランス・ジャーナリストの草分け的存在として、広く知られる櫻井よしこさんですが、その国家体制のたたき方や世論のあおり方には違和感を持つ方が少なくないようです。思想的には保守寄りの方だとは思うんですが、私自身「そういう言い方は、少し品がなかろう」と感じてしまうこともあります。特に小泉内閣に対しての物言いなど。
しかし、薬害エイズという巨悪にも敢然と立ち向かってきた、その姿勢には敬服しております。
また、同じ第一小法廷で、安部氏が、薬害エイズ事件を巡る「週刊新潮」の報道で名誉を傷つけられたとして、賠償を求めた訴訟について、上告棄却決定が言い渡されました。こちらは、新潮社に300万円の支払いを命じた1、2審判決が確定しています。
業務上過失致死傷容疑の薬害エイズ刑事裁判で一審無罪となった安部氏を名指しして、新潮は『大量殺人の容疑者』と書いたのですが、その表現に違法性を認めたんですね。安部氏は決して殺人罪で起訴されているわけではありませんから、真実性も真実だと信じる相当性もない、という結論は、いちおう筋が通っています。
一方で、その結論に立ち向かい、ひとり異を唱えたのは、裁判長の島田仁郎判事。「表現に相当性を欠く部分があるが、刑事責任を追及・指弾したものであり、元副学長の権力の大きさと責任の重さを考えれば許容範囲」として、これも「意見または評論の域」を出ないと述べました。櫻井さんの事案同様、損害賠償請求を棄却すべきだとの反対意見です。
ただ、いくら裁判長という立場とはいえ、1対4の少数意見であることに変わりはなく、上告棄却決定に影響を及ぼす言葉とはなりえないのでした。
エイズ犯罪 血友病患者の悲劇 | |
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コメント
安部の年代の人間は、多くがずうずうしい。社会を人をなめている。
人間は、正直でなければ。是は是、非は非と素直になり、黄泉の国へ行ってほしかった。
あの世で、どんな言い訳を言っているのか?
投稿: 楜沢康志 | 2005年6月20日 (月) 21:47
いらっしゃいませ。
かつて話題をさらった一審の無罪判決は、
業務上過失致死傷の「過失」の認定について、
「一般的な医師の注意義務を基準にすべき」
としたうえで過失無しとし、刑法の理論的
・技術的な部分を持ち出して罰せられない
としました。
故・安部氏は、「わが国の血友病の権威」と
いう名声をほしいままにしており、エイズと
いう当時の新病に関して、さまざまな最先端
情報を得ていたはずです。しかし、一般的
注意義務を基準としてしか判断できなかった。
納得できない気持ちもわかります。
ただ、刑法が一般的な法規範であり、特定の
人物を狙い撃ちにできない以上、これは法治
国家の限界という他ないのです。効果が強烈な
法律だからこそ、万能ではないということです。
ならば、法的制裁以外の、社会的制裁を持ち出す
ほうが効果的です。制裁は、何も刑罰のような
目に見える形のものばかりではありません。
ただ、結論を先取りして決めつけたりせず、
明確な物証をもってすれば、より社会的制裁の
ダメージは大きいでしょう。
事件の核心的な部分については、彼しか知りえ
ませんし、どんな気持ちで無罪を主張したのか、
あの性悪そうな人相の下にある心が、強いのか
弱いのかも、本当はどちらでもいいことです。
もちろん、目に見える形で謝罪してくれるほうが、
われわれにとってもわかりやすかったです。
ただ、安部氏の中に、初めて医師を志した頃の
気持ちがわずかでも残っているのであれば、
すでに心理的な制裁は受けていたのだと思い
たいのです。正直、そう思わないとやってられ
ない部分も少なくないのですが。
貴重なご意見ありがとうございました。
投稿: みそしる | 2005年6月21日 (火) 09:09