過ちは繰り返しませぬから
>>> 原爆慰霊碑の碑文に傷 ハンマー持ち自首の男逮捕
26日午後10時55分ごろ、広島市中区中島町の平和記念公園にある原爆慰霊碑が傷つけられたと警備員から110番があった。約15分後、ハンマーとのみを持った男が「慰霊碑を傷つけた」と広島中央署に自首。同署は27日未明、器物損壊の疑いで広島市安佐南区、右翼団体構成員(27)を逮捕した。
調べでは、容疑者は、原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれた碑文の「過ちは」の部分をハンマー(重さ約1.3キロ)とのみ2本で十数カ所傷をつけた疑い。傷はそれぞれ縦2.5センチ、横1.5センチ程度で、警備員が原爆慰霊碑を激しくたたいている容疑者をモニター室の監視カメラ映像で発見、110番したという。
同容疑者は「碑文の『過ち』の文言が気に入らなかった」と容疑を認め「タクシーで警察に来た」と供述しているという。(中国新聞)
思想的・宗教的に自分の行為を正しいと信じて行う犯罪を、刑法学の分類上、「確信犯」と呼びます。
ただ、世間ではたまに誤用があるようで、事前に計画的に練られた犯行みたいなものを指して「こりゃ確信犯だなぁ」などと言われたりします。そりゃ単なる故意犯です。
この右翼構成員は27歳。「過ちを犯したのは日本国民ではなくアメリカのはずだ」と供述しているとのことです。おそらく、右翼の先輩から吹き込まれたばかりのウンチクを真に受けてしまった、ということなんでしょうかねぇ。
ヒロシマの原爆慰霊碑は、惨劇から7年経った1952年8月6日に除幕されました。『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』の文言は、石碑等の古典研究に精通し、自身も被爆者だった広島大学教養学部教授(当時)・雑賀忠義氏の手によるものです。
しかし、その『過ち』を犯したというのは、いったい何者なのか、『過ち』の主語をめぐって議論が巻き起こったのです。雑賀氏ご自身は「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが、過ちを繰返さないと誓う」と釈明していました。その一方で、同年11月、極東軍事裁判の弁護人であったインドのパール博士は、この石碑を訪れた際、「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と発言しました。このパール氏は、のちに同裁判の判事として、日本国に唯一無罪判決を出したことで知られますね。
果たして、誰の『過ち』が繰り返されてはならないというのか。原爆を投下されるまで戦争を止めなかった日本国民、つまりわれわれか。それとも、原子爆弾という負の発明を生んでしまった人類全体を指すのか。あるいは彼の言うように、その負の発明を実際に使用したアメリカ合衆国の過ちを追及しているのか。だとしたら、「繰り返しませぬ」ではなく、「繰り返させませぬ」と書くべきではないのか。
誓いの言葉に込められた、その文学的・詩的な表現がかえってアダとなった形で、1965年には、石碑にドロ絵の具がかけられる事件も起きます(最近ですと、2002年に赤いペンキがベットリかけられました)。やがて「碑文を正す会」と「碑文を守る会」と呼ばれる両組織が、その文面の解釈や改定をめぐって激しくぶつかり合いました。
かつての「タマちゃんを見守る会」「救う会」の対立のほうが、はるかに平和祈念的かもしれません。
くわしくはこちら → http://homepage.mac.com/misaon1/hamayuu/hibunronso.html
広島市は、趣旨を正確に伝え、不毛な論争に終止符を打つために、1983年11月3日、日本語・英語の説明版を設置しました。「碑文はすべての人びとが原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である。過去の悲しみに耐え憎しみを乗り越えて全人類の共存と繁栄を願い真の世界平和の実現を祈念するヒロシマの心がここに刻まれている」と記されています。
個人的には、戦争が「過ち」か否かについては結論を保留したいのですが、核兵器の使用という「過ち」を三度繰り返さないという誓い・祈りという解釈で十分ではないのかと思っています。
今日の平和記念公園には、傷つけられた受難の石碑に手を合わせたり、優しくさすったりする人々が後を絶たなかったようです。平和を祈る言葉に寄ってたかって、いかに裏読みしようが、原爆の犠牲者に向けてその冥福を祈りつづける国民の気持ちは変わりません。石碑の言葉がどう定義されようが、静かな川の流れは絶えず、原爆ドームは骨組みのままそびえ立ち、あいかわらずハトはハトを追いかけ回しています。
容疑者のキミは、「過ちを繰り返すべきでないのはアメリカだ」と主張していますね。しかし、自分の考えを正しいとして、破壊活動という実力行使に及ぶのであれば、キミが批判している「卑怯で往生際の悪いイエローモンキーは殲滅すべし」という考えを実行に移した当時の「鬼畜米英」と、やっとることは同水準です。
何が『過ち』なのか、おわかりでしょうか。
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コメント
広島地裁(飯畑正一郎裁判官)は26日、懲役2年8月(求刑懲役3年)の判決を言い渡した。
検察側は論告で「広島市に碑文を改めさせるため慰霊碑を壊そうとしており、幼稚で反社会的。世界平和に敵対する言語道断の行為」と批判していた。(共同通信)
器物損壊で実刑とは、なかなか厳しい判決ですね。やはり壊した物が物だからでしょうか。
投稿: みそしる | 2005年10月27日 (木) 21:45