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2005年11月28日 (月)

模擬裁判with模擬裁判員(早稲田の法科大学院)

裁判員制度体験狙い、あす模擬裁判 商店会と早大有志(朝日新聞)2005/11/26
「不倫相手を刺殺」学生と商店主ら、早大で模擬裁判(読売新聞)2005/11/27

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 早稲田大学の法科大学院生有志が、裁判員入りの模擬裁判を行うということで、きのう、都の西北へ行ってまいりました。時間帯が、伊集院光先生のラジオとモロかぶりなのが気になりましたが、今週は泣く泣くガマン。

 法廷を直接傍聴するのは、あまり法律に詳しくない一般の方を優先させる方針とのことで、私は大画面に生中継映像が公開されるという第2会場にまわりました。それでも、予約席をとっていただいたこともあって、法廷の模様は把握しやすかったです。

 今回は、早稲田キャンパスの周辺にある商店街の店主や、その奥様方に裁判員役をお願いしたとのこと。会社員の場合、裁判員としての参加を理由に休暇を取ることは、いちおう裁判員法の条文上で保護されております。しかし、個人で事業をしておられる皆さんにとって、法廷に裁判員として呼び出されることは死活問題といえるでしょう。
 たしかに国庫から日当は支払われますけれども、現行の検察審査会のメンバーに支払われる金額とのバランスを考えれば、1万円弱程度でしょうか。そこからバイト君の給料を出せば手元には残りませんし、しかも、急に雇ったバイト君が満足に働いてくれるかも心許ない。そんなリアルな問題点に目を付けるとは、さすが早稲田です。

 模擬裁判員の方が言及しておられたことですが、裁判員候補者が裁判所に、スケジュールを提出するというアイデアもありえます。裁判員としての参加に都合のいい日程や曜日、シーズンなどを申告して、そこを考慮しながら任命してもらうような運用がされれば、問題解決に一歩近づくのでしょう。それに加えて、裁判員対象事件ぐらい、裁判所も土日祝日を返上しておくれよ、というのが私の本音です。全国で年間220万件ある公判のうちの3千件なんですから。

 
 今回の模擬裁判。被告人は外国出身の女性(アンジェラ)で、かけられた容疑は殺人。

 夫(太郎)の暴力に耐えかねて、幼い娘(めぐみ)を連れて家を出た被告人アンジェラは、ホステスとして働いていた客の男性(啓一)と同棲をするようになり、娘は夫・太郎のもとに預けられた。
 ある晩、午後10時30分に「(ぜんそくで入院していた)めぐみの体調が悪くなった」と太郎から電話があり、アンジェラは同50分から11時の間に「都の西北病院」へ向かった。その夜は、太郎は病院廊下のベンチで眠り、被告人はめぐみのベッドで添い寝。翌朝8時に帰宅。その時点で、寝室でメッタ刺しにされた啓一の遺体を発見。

 部屋の鍵は、アンジェラと啓一しか持っておらず、その夜、アンジェラは鍵をカーディガンのポケットに入れて、そのカーディガンを病室のイスにかけていました。
 直接の物証は、血液反応のある包丁と、米粒ないし粟粒大の血痕が9つ付いた被告人のカーディガン。メッタ刺しにした返り血にしては少なすぎないかと思えますが、検察側は「延髄切断は、頸動脈切断等に比べれば出血しない。しかも被害者・啓一は、ふとんをかぶっていた」と主張しています。

 加えて、被告人アンジェラが重要参考人段階で書いたという「私が啓一さんを殺しました」との上申書があるのみ。しかも、そこに至るまでの取り調べが、病院で2日間、警察の寮で2日間、警官を配備したビジネスホテルで5日間に及び、その間、帰宅どころか電話もできなかった状態。
 一方で、夫・太郎は証人として「あの夜、『啓一さんを殺してきた』と言って青ざめていた」と、上申書の内容を裏付ける証言も行っています。
 

 (1)死亡推定時刻

 検察官は午後10時30分から55分の間の犯行であり、そのような短時間での殺害も可能であったと主張しており、その裏付けとして、被害者の遺体を直接解剖し、死亡推定時刻を「午後10時から翌朝5時」と出した法医学者の鑑定を付与。

 一方で、弁護側は、推定時刻を「翌朝2時から4時」と絞り込んだ別の法医学者の鑑定を根拠に、被告人のアリバイを主張。深夜巡回した看護師も、この時間帯に被告人が眠っていたところを複数回見たと証言しています。ただ、この鑑定人は書面のみを用いて鑑定を行っており、しかも検察側鑑定人に比べて鑑定歴が短いといいます。


 (2)殺害の動機があったのか

 あの晩、太郎に呼び出された被告人に向け、ひとりにされて嫉妬した啓一は「めぐみなんか死ねばいいんだ」と言いはなち、その言葉に逆上した被告人による突発的な犯行……と検察側は主張しています。
 太郎も、被告人には不満が積み重なっており、啓一殺害の動機があったと証言しています。
 
 
 (3)上申書は信用できるのか

 取り調べ担当の警察官は、「被告人をひとりホテルの部屋に残し、母国語で書いてもらった上申書を日本語に翻訳させた」と証言しています。また、取り調べ中の厳重な監視は「『死にたい』と言っていたので、自殺防止のため」と主張しています。

 一方で、被告人自身は「警官から言われたとおりに答えて、それが書き留められた」と主張。「死にたいとも言っていない」と強調します。
 
 
 検察側は懲役10年を求刑。
 
 
 

 別室での評議室の模様も中継されましたが、その議論の中で裁判員役の皆さんが出してくる意見の一つひとつが、想像以上に素晴らしかったです。「自殺防止だと言っておきながら、警察は重要参考人をひとりにするのか」「突発的な犯行というが、太郎から電話があった時は、娘の容態のことで頭がいっぱいなはず」「7年間も夫婦でいれば、部屋の鍵をどこに入れて持ち歩くか、互いのクセもわかっている」など、思わずうなずいてしまう鋭い指摘の連続なのです。

 正直「大丈夫かなぁ」と心配している裁判員制度ですが、意外とポジティブな期待をしてもいいのではないかと思ってしまう私は、単なるお気楽人間なのでしょう。それは別にいいですが。

 さすがに、「太郎が怪しい」という説も自然と盛り上がりをみせるのですが、「あくまで、被告人のアンジェラさんが有罪か無罪かを判断してください」と、裁判官役の院生が的確に軌道修正していました。
 
 
 ただ、証拠が少なすぎて、「無罪」というシナリオが最初から用意されていたような気がするのは、うがった見方でしょうか。裁判員役の皆さんからも「これだけの証拠で有罪にするのは勇気が要る」「凶器の指紋は採っていないのか」など、無理もない声が噴出していました。

 また、法廷での話に戻りますが、裁判員の質問権行使。あれもいかがなものなんでしょう。実際にどうなるかは、3年半後にフタを開けてみなければわからないのですが、今回は質問したい内容を裁判員の手元にある紙に書かせて、それを手渡された裁判長が代読するという形式を採用しました。その代読の前に、裁判官役の3人が頭を付き合わせて、なにやらゴニョゴニョ話し合うんですね。そのあげく「これは証人が経験した事項ではありませんので、質問をご遠慮ください」と言っちゃう裁判長。
 たしかに正しいです。しかし、正しけりゃいいってもんじゃありません。

 法廷の雰囲気に慣れないなりに、せっかくひねり出した質問にもかかわらず、そんなようわからん「プチ検閲」をされるんじゃ、裁判員の皆さんとしては決して気分の良いもんじゃありませんよ。傍聴してる私まで気持ち悪くなりました。あんなことをしていたんじゃ、ますます一般の方を萎縮させてしまうのは目に見えています。だから、評議の段階で「あれも聞きたかった」「これも確かめたかった」と、裁判員役の方々の不満が露わになってしまうのです。

 証人の証言や被告人質問が一通り終了するたびに、裁判官・裁判員はいったん退廷し、別室で裁判員からの質問事項を収集・整理してから、満を持して再入廷、そして質問を代読……という方法もありえます。一般生活者の常識や直感を本気で活かしたかったら、それくらいの配慮をしてもバチは当たらないでしょう。もちろん、時間的な制約という問題もあったんでしょうけれどもね。

 そうです。時間が限られていたせいか、審理が何時間もぶっ通しで行われていました。あれでは、集中が一瞬フッと途切れたときに重要な証言がなされても、つい聞き逃してしまうおそれがあります。一般の方の多くは、メモを採りながら話を聞きつづけるという行動に慣れていませんから、なおさら聞き逃しが増えるはずです。
 本番になると、速記官の作成した証言の書き起こしが、各裁判員にも手渡されるようになるのかなぁ。それでも、1時間につき5分程度の小休止は入れてしかるべきです。集中力に人一倍の自信がある院生たちにとっては、見逃しがちな要素なのかもしれませんが、被告人の人生を左右する極めて大切な審理ですから。

 それに、裁判員役のひとりからは、もっと死亡推定時刻を限定できないのか、もっと証拠はないのか、という苛立ちに似た発言もあり、「今ここにある材料だけで判断する」「欠けた穴を埋める」という思考にとまどっているようにも感じられました。この点について、もっと丁寧に説明がなされるべきかもしれません。

 もっとも、これらは近い将来の「マジ裁判員裁判」も含めて、一般的にいえることでしょう。

 とはいえ、全体的には非常に充実した企画内容でした。スタッフの方々も、とても丁寧に対応してくださり、ありがたかったです。
 もっと、裁判員入りの模擬裁判を観てみたいと思いました。 どこの誰が主催するかは特に問いません。とにかく東京近郊で開催される予定の模擬裁判について、なにか情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
 
 
 最後に特筆すべきは、被告人・アンジェラ役の大学院生。パンフレットを見たら、……日本人だったんですね。あのセリフのイントネーションは何だったんでしょう。そして、証人の証言を聞いているときの表情。あんな卓越した演技力を法曹業務で見せつけていくのかと思ったら、恐ろしいものがあります。少なくとも、敵に回したくはありません。(笑)

 皆さん、新しい司法試験がどうなるかわかりませんが、ぜひ全力を出しきってパスしてください。

 

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2005年11月23日 (水)

正木ひろしという弁護士

 「かつて共産主義に走った教授、官僚等が、今は全体主義に走る。一貫している部分は、『走る』ということだけ」(個人ミニコミ誌「近きより」昭和15年8月号)

 「あれがいけない、これがいけないといって、段々と枝を切っていくと、しまいには盆栽ができる。日本国を盆栽に仕立てようとしている一派がある」(「近きより」昭和16年6月号)
     何ヶ月か前に、テレビで正木ひろし氏を特集している番組を観て、興味を持ち始めました。

 昭和19年1月に茨城県で起きた、警官による被疑者拷問事件。時は戦局厳しき折。官憲の不法行為を摘発するために、監視の目をかいくぐって犠牲者の死体を発掘し、その頭部を切断。東京に持ち帰り、東京帝国大学法医学教室の古畑教授による鑑定の結果、警官による暴行の証拠をつかむことに成功したのです。  帝国弁護士会を動かして、その警官を起訴。裁判所は当初無罪を言い渡したようですが、戦後、昭和30年12月に最高裁から有罪の判決が下り、正木弁護士の主張は貫徹されたのです。

 その他にも、プラカード事件、三鷹事件、チャタレー事件、八海事件など、法律をかじった人間にはおなじみの裁判に多く携わっておられます。弁護士としての枠にとらわれない活躍ぶりが目を惹きます。

 正木昊は、明治29年生まれ。大正11年に東京帝大法学部を卒業したのですが、弁護士を職業にする気は毛頭なく、「自信のある技術は、画家より他にない」と、解剖学教室に通って人体写生の技術を研究したり、座禅をしたり、哲学書を読みあさったりしていた模様です。

 在学中には学部の講義にはろくろく出席せず、誰の紹介もなく、いきなり東京府立一中の校長を訪ね、その紹介で千葉県立佐倉中学校の教師となったり、長野県立飯田中学校の英語教師をアルバイトでやっていたといいます。

 身なりをあまり構わず、「西洋乞食」という不名誉なあだ名も付けられました。ひろしです。

 その後、新聞記者や雑誌の寄稿を続けているうちに弁護士登録。そして、昭和12年、大正デモクラシー時代からの自由な空気が失われ始めてきた不穏な時代背景に敢然と立ち向かうため、個人雑誌「近きより」を創刊したのです。

 ヘタに権力を叩けば、治安維持法で引っぱられてしまう世の中です。誰もが上からの圧力につぶされ沈黙している中、それでも、手を変え品を変えた巧妙な言い回しで、軍部やそれに追従するエリート達を容赦なく批判してみせる表現が痛快です。

 こういうトリックスターが大好きなんですよね。活躍するフィールドに関係なく。なので、正木ひろし専用の新たなカテゴリを立ち上げました。ま、立ち上げるといってもブログですので、クリック一発なんですが。

 これからも、暇がある限りで「らしくない弁護士 正木ひろし」を追いかけ、ひたすら地味に特集してまいりますよ。





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2005年11月21日 (月)

子供の未来を断つ行為

>>> 胎児死亡:交通事故の影響で 加害者は致死罪に問われず

 妊娠9カ月で交通事故の被害に遭った女性(30)が事故の影響で胎児を失った。加害者を業務上過失致死罪に問えるか否か--。札幌地検は検討を重ねた結果、致死罪での立件を断念し、けがをした女性と夫(31)に対する業務上過失傷害罪で加害者を起訴した。胎児は帝王切開で生まれ、11時間の命だった。「胎児に人権はないのか」。夫妻は釈然としない思いを抱き続けている。

 ◇「胎児に人権はないのか」

 胎児は女の子。仮死状態で取り出され、人工呼吸で息を吹き返したが、翌朝、夫妻の目の前で息を引き取った。「手の中でどんどん冷たくなっていった。それが子供に触れた最初で最後。何もしてあげられなかった」。夫は無念の思いを口にする。妻は意見陳述書に「苦しい思いだけさせて死なせてしまい、涙を流して娘に謝りました」とつづった。2人の初めての子供。春に生まれるからと名前を「桜子」と決め、ベビーベッドや服も用意していた。

 事故は03年12月、札幌市東区で起きた。年末の買い出しに出かけた帰り道、凍結路面でハンドル操作を誤った対向車が中央線を越え、夫妻の車に衝突。運転席の夫は鼻骨骨折、妻は左手骨折の上、下腹部を強く圧迫された。

 事件を自ら担当した札幌地検の依田隆文交通部長にとっても初のケースだった。法務省刑事局にも照会したが、致死罪での立件は困難との結論に達した。「刑法上、『人』として扱われるのは母体から胎児の一部が露出した時点から。今回のケースは母体内で危害を受け、生後11時間で死亡したため、『人』として扱えない。過失規定のない堕胎罪とのバランスも考えた」と説明する。

 「私たちは法の範囲でしか動けず、感情で押し切れない。しかし、医学の進歩に法律がついていっていないのかもしれない……」。依田部長は胸の内を語った。

 加害者の男(35)を今年9月、起訴した。論告に「十分人間と呼ぶに足りる状態だった胎児を死に至らせた結果は極めて重大」と記載し、禁固2年を求刑した。判決は11月末に言い渡される。

 夫は地検の配慮に感謝しつつも、「今の刑法は胎児の人権を担保していない」と悔しさをにじませる。事故後、精神的に不安定になった妻を支えるため仕事を辞めた。現在は小児医療に携わろうと大学に通う。

 交通事故の影響で早産で生まれた女児が36時間後に死亡したケースで、秋田地裁は79年の判決で「刑法上、女児は『人』になったと言えず、胎児の延長上にある」として業務上過失致死罪を適用しない判断を示した。

 北海道大大学院法学研究科の小名木明宏教授(刑法)の話 胎児は生物学的には「ヒト」だが、刑法上の「人」として扱うのは難しい。現行刑法を変えるとすれば、全体のバランスをとるために大手術が必要だ。「ヒト」はいつから「人」として扱われるか、どのように扱われるべきかを幅広い視点で考えるべき時期に来ているのは確かだ。(毎日新聞)2005/11/13

 
 
 法解釈作業の主なものとしては、条文にある言葉の意味を、通常よりも広げるか狭めるかの決定があります。本件と関連させて申し上げれば、刑法上の「人」に、出産前の胎児は含まれておらず、通常の意味で使われる「人」よりも狭い意味で用いられている、というわけです。

 あるいは、裁判所は、ヒトのDNAを持つ生命体に「人」としての資格を与える線引きを、常識的な認識よりもズラしている、という言い方もできそうですね。

 ただ、こういう特殊操作が行われれば行われるほど、「常識の延長上にあるべき法律が、常識から乖離してどうするんだ」「単なる言葉遊びだ」などの批判が増えてくることになります。その批判は正当なものですが、時代の流れや定着した世論に即した法改正が遅れている場合(or議員センセイが怠慢で放置している場合)には、なんとか妥当な結論をひねくり出すためにも、仕方なく司法が言葉遊びをせざるをえない、という側面もあります。

 まず、そこを踏まえておかないと、この問題の難しさはなかなか伝わらないかな、と思っております。

 じつは、刑法上の「人」の定義は、現行の刑法典に書かれているわけではありません。胎児の身体が一部でも母体の外に出れば、他者からの攻撃対象になりうるのだから、その時点で「人」として扱って保護しよう、という「一部露出説」を、明治時代に司法府が宣言し、その原則論が現在まで連綿と息づいているにすぎません。

 だったら、判例を変更して定義しなおせばいいじゃないか。子供が無事に産まれて育つかどうかも紙一重で「7つになるまでは神のうち」とされたのも遠い昔。医学の発達によって、胎児が無事に出産まで至る確率は格段に上がっている。
 しかも、生命の神秘にこれだけ科学のメスが入り込み、公害や交通がこれだけ大がかりになった危険極まりない時代なんだから、もはや、卵子が受精した時点で「人」にしないと保護したことにはならん。それが21世紀だぜ、バイオてくのろじーだぜ……ということにはなるんですが……。

 「人」の定義を変えるということは、法体系の「全体のバランス」を崩すおそれがあると、記事中で北大大学院の先生はおっしゃっています。

◆ 刑法 第212条(堕胎)
 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第213条(同意堕胎及び同致死傷)
 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、2年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第214条(業務上堕胎及び同致死傷)
 医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、3月以上5年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、6月以上7年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第215条(不同意堕胎)
1 女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、6月以上7年以下の懲役に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。

◆ 刑法 第216条(不同意堕胎致死傷)
 前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
 
 
 
 一連の「堕胎の罪」でございます。「女子(母親)」への配慮はございますが、堕胎で母体外に押し出され掻き出されした胎児については、何も書かれていません。そもそも、殺人罪よりもはるかに軽い刑罰が設定されているのですから、胎児の生命を断つ行為は、その程度のものだと。胎児を「人」として扱っていないことは明らかです。

 たしかに、これをもって「法的に、胎児はほったらかしにすべきなのだ」とも読めます。しかし、胎児について刑法で特に触れられていないということは、具体的な運用は司法府に委ねられている、と捉えることも可能なはずです。

 各種堕胎罪が成立する場合、その堕胎させた医師(場合によっては母親)には、加えて胎児についての殺人罪が成立する……と考えることも、論理的には禁じられていません。交通事故を起こして胎児を死亡させた点につき、業務上過失致死罪で摘発することも同様です。刑法改正は不要で、単に「一部露出説」と呼ばれる大審院・最高裁判例、その事実上の重しが、現場の裁判官や検察官の背中に乗っかっているだけなのです。
 ただ、それだけなのですが、その重さが想像を絶するものなのでしょう。上で、ご紹介した事件では、胎児への犯罪を成立させることは断念し、父母に対する業務上過失傷害の公判の中で、「胎児の生命を奪った責任」について検察官が言及するという手法を採りました。苦肉の策です。
 
 悩んだのはわかりますよ。わかりますけどねぇ。なぜ、司法試験が法律系の国家試験で最も難しいとされているのか。それは、頭に詰め込んだ知識の蓄積だけでなく、今ある法律を駆使して、新しい事態にどれだけ対処できるか、どこまで現代社会の空気を読めるか、も問われているからです。少なくとも、私はそう認識しております。

 秋田地裁の判例が記事中で紹介されていますが、その後に、胎児性水俣病に関する最高裁判例が出ています。そこでは、胎児の際に原因行為(この場合は有機水銀が体内に入ること)があって、その影響が出生後に顕在化した場合には、出生した「人」について業務上過失致死傷罪の成立を認めているのです。この論法を借りれば、胎児の際に原因行為(交通事故)があった本件でも、同罪での立件は十分に可能だろうと考えられます。

 もともと、堕胎罪での検挙は少なく、年に1回あるかないかの頻度です。妊婦が事故にあって胎児が傷害を負い、あるいは死亡するという事態は、堕胎行為よりは発生頻度が高いとみられますが、立法府で堕胎罪廃止の可能性も含めた適切な刑法改正がなされるまでの経過措置だとすれば、大きな問題は生じないのではないか、と思うんですけれども、やっぱり、そこは「最高裁チルドレン」。親が設定した一部露出説という正解に逆らうわけにはいかないのですよね。司法試験や司法修習制度が彼らに少しずつ投与してきた薬の効果は絶大です。

 人工妊娠中絶は、原則は堕胎罪なんだけれども、母体保護法で掲げられた条件を満たしているのなら例外的に処罰しない、違法性はない、という取り扱いになっています。それを「原則は殺人罪なんだけれども……」と変更しするならば、ルーチン的に中絶を担当し、感覚が麻痺しつつある、一部の医師や看護師の方々への心理的効果も期待できるかもしれません。しかも、理論的にイジってみただけで、どっちみち不処罰という結論は変わらないのだから、具体的に生ずる問題も少ないでしょう。

 かつて、メルマガでは大きく採り上げて特集しましたが、昨年7月、横浜の産婦人科医院で、中絶胎児の遺体が一般ゴミに混ぜられて捨てられていたことが発覚しました。それで院長が逮捕されたわけですが、その容疑が「廃棄物処理法違反」とは、これいかに。
 「荼毘に付したときに、お骨が残るギリギリの線」ということで、12週に達している胎児であれば、その遺体は墓地埋葬法で埋葬されるべき対象となっており、放置した者は刑法上の死体遺棄罪に問われます。しかし、12週に満たない胎児の遺体は、あろうことか「感染性の産業廃棄物」。つまり、血に染まったゴミというわけですな。法律上は家畜の死骸と同じ扱いなのです。ものすごい、アクロバチックなバランス感覚です。一瞬、中国雑伎団かと思いました。

 もちろん、一般論として法体系の理論的なバランスは大切ですよ。しかし、そのバランスは、社会の共通認識になりつつあるものを軽視・無視してまで成り立たせるべきものなのでしょうか。ぜひ、立法・行政・司法が連携して対処していただきたい問題です。
 

 いやぁ、判例・通説に久々に噛みついて、ちょっとドキドキです。各方面からの鋭いツッコミ、お待ちしております。
 

 いよいよ明日、宮崎さんちのツトムくんの上告審口頭弁論が行われます。最高裁に問い合わせたところ、「おそらく傍聴券は抽選になるだろう」とのことでした。11月22日はバイトを休もうと、夏ごろから決めていた私。

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2005年11月18日 (金)

トンビとカラスと福岡空港

>>> カラス大群 滑走路閉鎖 福岡空港、10便遅れ

 17日午前7時半ごろ、福岡空港(福岡市博多区)で、離陸滑走中の福岡発羽田行きボーイング777(乗客乗員381人)の左エンジンにトンビが衝突。同機は出発を取りやめ駐機場に引き返したほか、トンビの残骸にカラスが群がったため消防車が出動し、滑走路を放水洗浄する騒ぎがあった。滑走路が2度にわたって閉鎖されたため、10便に最大2時間13分の遅れが出た。

 国土交通省によると、1羽か2羽のトンビがエンジンに衝突した。残骸が散らばったため、滑走路を15分間閉鎖し、空港職員が拾い集めたが、その直後、カラスの大群が滑走路上に群がり離着陸ができなくなった。

 このため同8時30分から6分間再び閉鎖し、同空港の消防車が出動。放水するなどして清掃したという。日航機の乗客は代替機に乗り換えた。 (西日本放送)2005/11/17

 ジェットエンジン、怖いなぁ。トンビを一瞬でミンチに仕上げてしまうとは。お昼のテレビショッピングで紹介したら、けっこう売れそうです。

 そして、思いがけぬ秋の味覚に舌鼓を打つカラスたち。下手なホラー映画も顔負けの光景でしょう。

 そういえば、テレビの「衝撃映像100連発」みたいな番組で、戦闘機のエンジンに吸い込まれた兵隊さんが奇跡的に一命を取りとめたりしてましたよね。果たして何がどうなって助かったのやら不思議でなりません。どうでもいいですけど、象の肛門に頭を吸い込まれてしまったが、運良く一命を取りとめた飼育係もいましたっけ。彼には何が見えていたのか知りたいような知りたくないような。尻だけに。

 トンビのミンチが散らばったせいで、空港が閉鎖され、足止めを食ってしまった乗客の皆さんもお気の毒です。まさか、カラスに乗って羽田まで飛んでいくわけにはいかないでしょうし。

 トンビやらカラスだとか、福岡空港はよっぽど田舎にあるんだろうとお思いの、他地方の方々もいらっしゃるかもしれません。でも、福岡空港って都心へのアクセスが非常にいい空港として評判です。なにしろ、地下鉄で博多駅までわずか2駅、中洲まで4駅です。
 中長距離の交通機関として、飛行機よりも新幹線を選択する人の中には、「都心から都心への移動だから便利だ」という点を決め手にする場合も多いようです。しかし、福岡行きなら、あんまり問題にならないファクターなんですね。

 ただ、都心に近い敷地に空港を持つ都市の宿命は、やはり騒音問題。東京や大阪を往復する航路のちょうど真下に、九州大学キャンパスがあったりします。あんまりうるさいんで、講義が中断するのもしばしば。そのせいで、私が講義をサボったりしたこともしばしば。……って、飛行機のせいにすんなよ。
 
 
 
<<< みそしる推薦本(ちょっと古いですが) >>>

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2005年11月17日 (木)

過失誘拐罪?

>>> BMW盗んだら、後部座席に子供が(大阪)

 大阪市浪速区で今月12日、男児(4つ)を乗せたままの高級乗用車「BMW」が盗まれた事件で、天王寺署は14日、窃盗の疑いで住所不定、無職(30)を逮捕した。

 容疑者は容疑を認めており「車を盗んだ後で、子供が乗っていることに気づいたので、慌ててタクシーを止めて子供を返した」と供述している。

 調べでは、容疑者は12日午後5時45分ごろ、大阪市浪速区下寺の路上で、同市平野区の会社員の男性(41)がとめていたBMW(250万円相当)を盗んだ疑い。

 当時、男性はエンジンをかけて車を離れていた。後部座席で二男が寝ていたが、約15分後にタクシーに乗せられて現場に戻り、無事だった。盗んだBMWは「西成区内の駐車場に止めている」と供述しているという。(産経新聞)2005/11/15


 

 さぞ親が心配しているだろうと、情けをかけたクルマ泥棒。えぇ話やなぁぁ~~……って、なんだか嘉門達夫の唄みたいですが。えぇ話でも何でもありません。当然ですけど。

 まぁ、たしかに「後部座席に子供が乗っていることに気づいたので、クルマだけ返した」となるのに比べれば、ずっとマシですよ。というより、むちゃくちゃ怖いな、それだと。
 
 
◆ 刑法 第224条(未成年者略取及び誘拐)
 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月(※3ヶ月)以上7年以下の懲役に処する。
 
 
 「略取」…暴行や脅迫を手段として、人をその生活環境から不当に離脱させ、自己または第三者の実力的支配に移すこと。

 「誘拐」…誘惑やダマシを手段として、人をその生活環境から不当に離脱させ、自己または第三者の実力的支配に移すこと。
 
 

 この男、結果的には保護者に無断で未成年者を連れだしたことになっていますが、それをワザとやっているわけではありません(そもそも子供の存在に気づいていませんし)ので、未成年者略取・誘拐罪は成立しません。「うっかり未成年者略取」という犯罪名も刑法には載ってません。したがって、子供を連れだした点では罰せられないことになります。

 これが仮に、先ほど書いたような「子供が乗っていることに気づいて、クルマだけ返した」というケースになれば、「子供のほうは返さないでおこう」と企んだ瞬間から未成年者略取・誘拐罪が成立することになるでしょう。理論的には。

 この未成年者略取・誘拐罪の法定刑。昨年の12月31日までは「3月以上5年以下の懲役」とされていました。近ごろ、幼年者を狙う犯罪が頻発している事実を見かねて、今年から最高刑が2年アップされたわけです。

【参考過去ログ】
30分間の女児誘拐に、懲役4年6ヶ月の実刑(2005/05/24)

 当ブログで過去に採り上げた、北海道で起こった女児連れ回し事件。昨年の暮れ、12月21日のことでした。被害者の女の子を後ろ手に縛るなど、彼女の心にトラウマを残しかねない酷い犯行だったのは確かです。それでも、当時の最高刑ギリギリを言い渡した判決に、「重いなぁ」という率直な感想を書きました。何日間も何週間も幼児を帰さないケースだってありうるのだし、それを考慮に入れるとバランスを欠くんではないかと。
 しかし、刑法の厳罰化が発効する、まさに直前の時期でもあり、「ロリコン野郎憎し」の世論も高まっていたわけです。法律上の技術的な問題はともかく、裁判所による運用のレベルでは、すでに「量刑相場」が引き上がっていたのかもしれませんね。今思えば。
 
 
 ところで、事件発生当時、父親はクルマを停めたはずのところに戻って来た時点で、なにが起こったと思ったんでしょうかね。「いかん、息子がクルマごと連れ去られた!」と慌てたのか。それとも単に「愛車のビーエムが盗まれた! ヤバい!!」という認識だったのか。

 もし後者だったら、即刻グレたほうがいいですよ、4歳のボク。


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2005年11月15日 (火)

花屋さんの森林法違反

>>> 花屋の一家5人総出で盗み…コウヤマキの枝400本

 奈良県警機動捜査隊と天理署は12日までに、山林で植林中のコウヤマキの枝を切り取って盗んだとして、森林法違反(森林窃盗)の疑いで、三重県亀山市の生花業の男(56)ら一家5人を逮捕した。

 ほかの逮捕者は男の妻(58)、長女(30)、長男(26)ら。

 調べでは、一家は共謀し、10月10、11日と26日の2回、奈良市蘭生町の無職女性(77)が所有する山林で、コウヤマキの枝計約400本(約25万円相当)をはさみで切り、盗んだ疑い。

 コウヤマキの枝は主に彼岸などの供え物として使われる。男は否認しているが、長男ら2人は容疑を認め「大阪市内の業者に売った」などと供述しているという。

 同署によると、男らは日中に双眼鏡でコウヤマキが植えてある山林を確認、深夜犯行に及んでいた。(夕刊フジ)2005/11/12

 コウヤマキと聞いて、倖田來未を連想してしまう私も、じゅうぶんにエロ可愛いのですが、コウヤマキってこういう樹木です。

 盗んだコウヤマキを、彼らの経営する花屋の店頭に置くつもりだったというのなら、まだ話もわかるんですが、転売目的だったらしいというのが……。自分たちの手で売りさばくなら売れ残りのリスクもあるでしょうから、これは確実に現金化してやろうという、抜け目のない犯行というべきでしょうか。しかも、家族ぐるみでの犯行という点が厄介ですねぇ。自分たちのやっていることが違法であるという感覚が麻痺しつつあったのかもしれません。


 森林法……ちょっと憲法をかじった人の脳裏に、森林の分割禁止規定を財産権の不当な制限だとして違憲無効とした最高裁判決がよぎるぐらいですか。私も条文を実際にひいたのは初めてです。
 
 
◆ 森林法 第2条(定義)
 この法律において「森林」とは、左に掲げるものをいう。但し、主として農地又は住宅地若しくはこれに準ずる土地として使用される土地及びこれらの上にある立木竹を除く。
 一  木竹が集団して生育している土地及びその土地の上にある立木竹
 二  前号の土地の外、木竹の集団的な生育に供される土地

◆ 森林法 第197条(罰則)
 森林においてその産物(人工を加えたものを含む。)を窃取した者は、森林窃盗とし、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
 

 「産物」ということは、なにも樹木に限られるわけじゃなく、意外と広い範囲まで含むようですね。春のハイキングで、野草やツクシ・ワラビを摘んで持ち帰り、おいしく戴くような風流な行為も、厳密にはこの森林窃盗の条文に触れる模様です。が、本件については、営業・転売がらみということで、これからも繰り返されたりする可能性を重く見て、摘発にまで至ったのでしょう。

 ちなみに、通常の窃盗罪は10年以下の懲役、しかも罰金で済む余地ナシという厳しさです。この差の付け方は何なんでしょうね。普通の泥棒が狙っている物よりも、森林の「産物」のほうが、所有者の支配が類型的にゆるいから? それとも、森林窃盗ではそこまで高額な被害は想定されないからでしょうか。現金等と違って、何百万円ぶんもの「産物」を森林から持ち出そうとすれば、かなりかさばるでしょうから。
 まぁ、こういうことはキチンと図書館で文献にあたってから書くべきなんでしょうけど、憶測だけですいません。

 「他人の森林において」ではなく、単に「森林において」という規定の仕方をしていますが、そもそも誰のものでもない森林というものは、少なくとも日本国内ではありえませんので、それで事足りるんでしょうね。私有林でなければ自動的に国有林ということになるのでしょうから。

◆ 民法 第239条(無主物の帰属)
2 所有者のない不動産は、国庫に帰属する。


<<過去の関連ニュース>>


>>> 盗んだタケノコをゆでていた犯人を緊急逮捕 - 栃木 (2005/05/01)

 氏家署は、タケノコを盗んだとして、さくら市の防水工A(34)と、同市の電気工事業B(34)の両容疑者を窃盗の疑いで緊急逮捕した。
 同署の調べによると、両容疑者は午前11時40分ごろ、高根沢町の農業男性(72)所有の竹林から、タケノコ8本(時価約4000円相当)を盗んだ疑い。男性が、現場に止まっていた乗用車のナンバーを覚えていたため、同署員がこの車の所有者であるA容疑者の自宅に駆けつけたところ、A容疑者がタケノコをゆでていたという。

 その後、A容疑者の自宅に現れたB容疑者も逮捕された。 (読売新聞)
 
 
>>> 【春ですね】 線路にツクシを見つけた女性、電車を遅らす(2005/03/02)
   ※鉄道営業法37条違反(1万円未満の科料)

 午前10時40分ごろ、大阪府高槻市のJR東海道線高槻-摂津富田間で、線路に女性がいるのを、高槻発新三田行き普通電車の乗務員が気付き、新大阪総合指令所に連絡。JR西日本は付近を走る電車を徐行させた。

 同社によると、高槻駅の係員が女性を連れ出した。けがはなく「ツクシを採りに入った」と話し、フェンスを乗り越えて線路に入ったらしい。

 上下線計2本が部分運休、8本が最大10分遅れ、約3700人に影響した。(サンケイスポーツ)
 
 
 
 
<<< 今日買ったばかりの本 >>>

 「日本は、武器商人国家となるべし」と言い切ってしまう筆者は、過去に狙撃専門の傭兵をつとめた経歴の持ち主。

 今や戦争は巨大ビジネス産業。あるいは、株やラブソングなどと同様、単に売れゆきを読みやすい企画でしかない。 ただ、だからこそ、かえってやめられない止まらない。
 

なぜ戦争はなくならないのか 世界に蔓延する「戦争病」と戦争ビジネス
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2005年11月12日 (土)

「男の家事大賞」への応募、わずか2件

 収納上手や料理名人など、家事が得意な男性を「家事の達人」として認定する仙台市の「男の家事大賞」への応募が集まらず、関係者が気をもんでいる。家事や育児に奮闘する男性のエッセーやアイデア、写真などを募集しているが、応募は10日現在で2件だけ。このため当初、18日だった締め切りを30日まで延長することにした。
 家事大賞の募集は昨年に続き2回目。男(ダン)性が家事(カジ)の早業・裏業・名人芸などを紹介する「ダンカジ部門」に加え、今回は男性の家事に関する写真に200字以内のエピソードを添えた「フォト・メッセージ部門」も新設した。
 来月中旬の大賞決定に向け、先月1日から申し込みを受け付けているが、ダンカジ部門に応募が2件あっただけで、フォト・メッセージ部門はいまだゼロ。両部門への問い合わせも数件しか寄せられていない。(河北新報)


 「応募が2件」という表現が曲者です。これが2名からの応募であれば、そう書くはずなのであって、「ある1人が2件応募してくれた」というのが事の真相である可能性も十分に考えられます。人気無いですねぇ。

 ただ、この出来事を指して、「そりゃそうだ。やっぱり『ジェンダーフリー』という考え方が間違っておるのだ。ザマーミロ」と、誇らしげに高笑いするのは、ちょっと違うかな、と思います。
 これは、「男らしさ」「女らしさ」の性差が、先天的・生物学的か、あるいは後天的・文化的なものか、とかいう難しい話は不要です。

 それ以前の問題で、たぶん、企画として面白くなかったから……ではないでしょうか。そんなこと、すでに2つの出版企画をボツらせている私から言われれば、腹も立つでしょうけれども。

 料理の早技・裏技、上手な収納の方法って、もう世間で腹いっぱい出尽くしてしまってますもん。手抜き料理・豪快料理だって、決して男の専売特許ではありません。そんな飽和状態の中で、どんなものを「大賞」として選出しようというのでしょう。

 昨年は28人、57件の応募があった。大賞には、仙台市泉区の小学校教諭米沢俊彦さんが、高校生だった長女と長男の弁当を6年間、毎朝作った体験をまとめた「高校に通う子どもの弁当を作る―6年で推定1500個の父親のお弁当」が選ばれた。
 市は昨年6月に策定した「男女共同参画せんだいプラン2004」で、男性の一日平均家事時間を5年間で30分増やすよう数値目標を掲げ、男性の家事参加を促すキャンペーンに取り組んでいる。(同上)

 

 どうして、数の大小のような、こういう定量的な物の見方しかできないのでしょうか。ガキの頃から、ノルマやボーダーラインに追われ続けてきた彼らの育ち方が目に浮かびます。可哀想で涙が止まりません。

 誰かに与えられた答えを詰め込んで試験に勝ち抜き、横並び・画一的な価値観を金科玉条とすることと引き替えに、公費でオマンマ食うことを許される役人たち。その画一化の薬が効きすぎて、「男らしさ」「女らしさ」という、たった2種類の多様性すら認められなくなってしまったのでしょうか。二元性にすぎないものを「多様性」と呼ぶのも、本来はおかしいのですが。
 社会環境が皆に押し付けているとされる性差を薄め、削ぎ落とし、この世から「セクシー」を無くそうと暗躍する彼らの試み。理解に苦しみます。

 それに、男の家事を推進することと、「らしさ」を撲滅させること、この2つがどうしても結びつかないのです。もともと自炊が好きな男、欲しい物があるので自炊して節約したい男、部屋で待ってくれる恋人も外食するカネも無い男たちは、放っておいても家でメシを作ります。だからといって、彼らが「男らしさから解放されている」とは言い切れないでしょう。逆に、毎晩コンビニ弁当を買って帰り、それを平らげた後には爪楊枝でシーシーやっとるニューハーフもいるでしょう。

 たしかに毎朝、育ち盛りの息子や娘の弁当をつくるのは大変なことだろうとお察しします。昨年の大賞を受賞なさった高校の先生による惜しみない努力には敬服するばかりです。ただ、そういった作業をこなす母親は、仙台じゅうにたくさんいるはずなのです。それと同等のことを、チ○コの付いている人間がやれば「男女共同参画の鏡だ」として特別に持ち上げるという、この失礼な逆差別。無理があります。

 こんなあからさまな矛盾にも気づかないお役所仕事とは何なのでしょうか。ここまで来ると、彼らはその異常性を十分にわかっていながらワザとやっているとしか思えないのですが。だとしたらナゼ? ねぇねぇ、「男女共同参画社会」って、どういうことなのっ? と、あえてカマ口調で。


 市男女共同参画課は「今回は昨年以上の参加者を期待していたのだが…。PR不足だったのか問い合わせも少ない。関心がないはずはないと思う。締め切りを延ばし、PR活動に努めるしかない」と頭を抱えている。

 問い合わせは、せんだい男女共同参画財団(※連絡先は略)。(同上)

 
 

 千葉市が作成した男女共同参画のチラシには、両性具有のカタツムリがマスコットとして使われており、「かたつむりがうらやましい」とまで書かれているそうです。仙台市の男女共同参画財団のメンバーも、同じようにカタツムリへ羨望の眼差しを向けているとまでは決めつけられませんが、こんな神をも恐れぬ発想に、どんな一般生活者が付いていけるというのでしょう。

 漫画「ドラゴンボール」で、神様やピッコロは、地球にドラゴンボールをもたらした両性具有のナメック星人でしたよね。宇宙船でナメック星を訪れたブルマが思わず「ねぇ、聞いた? 男も女も無いんだ。つまんない星よねー」と言ってのけた、あのセリフ。あれがフツーの人間の意識であろうと、私は強く思います。

 ジェンダーフリーの推進に躍起になっておられる皆さん、今一度、窓からベランダの外を覗いてみてください。そろそろナメック星からお迎えが来ている頃じゃないですか。
 
 
 
◆ 男女共同参画社会基本法  前文

 我が国においては、日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ、男女平等の実現に向けた様々な取組が、国際社会における取組とも連動しつつ、着実に進められてきたが、なお一層の努力が必要とされている。
 一方、少子高齢化の進展、国内経済活動の成熟化等我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で、男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊要な課題となっている。
 このような状況にかんがみ、男女共同参画社会の実現を二十一世紀の我が国社会を決定する最重要課題と位置付け、社会のあらゆる分野において、男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の推進を図っていくことが重要である。
 ここに、男女共同参画社会の形成についての基本理念を明らかにしてその方向を示し、将来に向かって国、地方公共団体及び国民の男女共同参画社会の形成に関する取組を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。

◆ 同法 第2条(定義)
 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
  一  男女共同参画社会の形成   男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう。
  二  積極的改善措置   前号に規定する機会に係る男女間の格差を改善するため必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対し、当該機会を積極的に提供することをいう。

 

 

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2005年11月11日 (金)

2円盗んで捕まった男

>>> さい銭2円盗み逮捕、起訴

 寺のさい銭箱から現金2円を盗んだとして、兵庫県警須磨署は9日までに、窃盗の現行犯で神戸市兵庫区の無職男(27)を逮捕、神戸地検は窃盗の罪で起訴した。

 須磨署は「過去に2、3回さい銭泥棒を繰り返しており、再犯の可能性や逃亡の恐れがあったために逮捕した」と話している。被告は「のどが渇きジュースが飲みたかった。100円玉と思ったら1円玉だった」と供述しているという。(共同通信)

 
 被疑者(いや、起訴後なので被告人か)は、事件当時シンナーを吸っていたとのこと。そんなわけわからん状態なら見間違えもするかもな、とも思ってしまいますが。ただ、小売店でレジを打っているとわかりますけども、100円玉と1円玉を間違えるお客さんって、意外と普通にいらっしゃいます。50円玉と間違える場合よりもむしろ多いかもしれません。

 200円盗むつもりだったとはいえ、結果的に賽銭箱からつまみ出されたのはたった2円。そんな事件まで起訴すんのか? 税金の無駄づかいじゃないのか……とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
 

◆ 刑事訴訟法 第248条(検察官の起訴便宜主義)
 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。


 警察から次々に送られてくる各刑事事件を、法廷というまな板の上に乗せるべきかどうかの判断は、その事件を担当する検察官に任せられています。今回は、被害額こそ現代の物価じゃ何も買えないほどの微々たるものとはいえ、犯人の性格なども含めて全体的に観察すれば、事件としては決して軽くないと認めたのでしょう。

 今でも100円ショップで売られたりしていますが、ガムのケースに似せて作られたイタズラ用のオモチャがありますよね。「おひとつどうぞ」と勧められて、板ガム状の仕掛けを引っぱると、針金でできたムチ状のワナが、油断したあなたの親指を容赦なく打ち付けてくるという、なんとも加虐スピリッツあふるる代物です。

 もっとベタな例を出すなら、チョークの粉を飽和状態になるまで含ませた黒板消しを、教室のドアの上に挟んでおいて、イヤミな数学教師のハゲ頭に落とすとか。ああいう行為は、「人の身体に向けられた有形力の行使」ということで、刑法第208条の暴行罪に該当するはずです。
 しかし、先ほども触れたように、そんなイタズラまで取り締まっていたら、税金や人員がいくらあっても足りない。それ以前に無粋であろうということで、実際には不問に付されています。理論的には「絶対的軽微の可罰的違法性」という問題でして、たしかに刑法の条文に形式的にはあてはまるけれども、条文が犯罪として想定しているほどの悪さではなく、国家が罰するまでもない、と説明されます。

 今回は、その可罰的違法性の理論について、少なくとも検察官は念頭に置いていないということでしょう。もちろん、弁護人は法廷で主張するのかもしれませんが。
 ただ、本件について「起訴してみたところで、どうなのかなぁ……」という疑問も少し残ります。


◆ 刑法 第235条(窃盗)
 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第12条(懲役)
1 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする。
(※第2項は略)


 昔から指摘されている問題点ですが、窃盗罪は懲役刑のみで罰金刑が用意されていません。刑法が初めてつくられた明治時代には「盗みというのは、追いつめられた貧乏人がやるものだ。貧乏人に罰金を科しても仕方がない。」という前提があったからのようです。そこには、国が強制的にカネを吸い上げるよりも、窃盗の被害にあった者のために、民事の損害賠償請求のぶんを手元に残しておくべき、という考慮もあったのかもしれません。
 しかし、財布に万札を何枚も入れているようなガキが「毎日がつまらないからスリルを味わいたい」と平気で万引きをするこのご時世、「盗みをはたらくのは貧乏人」という前提など、もはや通用しません。先日も、修学旅行先の京都で、八つ橋などの土産物を集団万引きした中坊が集団逮捕されましたよね。連中も「自分のカネを使いたくなかった」などと供述している始末。

 裁判で有罪とされた窃盗犯には、最低でも1ヶ月の懲役刑を科すことになっています(究極に刑を軽くしても、減軽の限度は4分の1までですので7日の懲役)。ということで、「たしかにコイツは悪いけど、刑務所に送るほどじゃないなぁ」との判断で、検察レベルで不起訴とされたり、仮に起訴されても裁判所が執行猶予を言い渡したりするのが既定路線となりつつあります。このままですと、「盗み程度じゃ大した問題にはならん」という、モラルハザードすら世間に生じさせかねません。いや、すでに生じてるかも。

 まぁ、じつは、罰金刑の執行猶予だってありうるんですけれども、それはともかく、刑の選択の幅が広がるぶん、もっと現実の要請に見合った対応ができるのではないかと私は期待しております。窃盗罪に罰金刑を置く案は、国会でも議論されていますので、今後に注目ですね。


 寺によると、さい銭は前日夕に回収したばかりだったという。住職(50)は「被害は2円でも、仏様にお供えされた人の気持ちをふみにじる行為だ。改心したら寺の掃除にでも来てほしい」と話している。(同上)

 お寺の掃除が済んだら、性根の掃除もしてくださいね。




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2005年11月10日 (木)

雷よけ信仰の神社に雷が落ちる

>>> 避雷信仰の神社に落雷 青森・平内町の雷電宮

 9日午前11時半ごろ、青森県平内(ひらない)町の神社「雷電宮」で、社務所近くにある樹齢350年の杉の大木に雷が落ち、杉や社務所の壁を焦がした。

 宮司の男性(55)によると、雷電宮は「雷などの災害を避け、住民を救う」という避雷信仰が名前の由来。約400年の歴史があるという。町内では同日午前10時過ぎごろから雷が落ち始め「近くに落ちたと思ったら、杉の木の上部が燃えていた」という。

 「避雷の神社に雷が落ちては……」と宮司は苦笑。それでも「民家などに落ちるよりは良かった。けが人もなく、不幸中の幸いというか、これも御利益かな」と話していた。(毎日新聞)2005/11/09


 アメリカの科学者、ベンジャミン・フランクリンが、雷の正体が電気であると突き止めたのが300年前です。それより以前の時代なら、何の前触れもなく家屋を焼き尽くし、理不尽に人命を奪ってしまう雷を、天罰など畏怖の対象として捉えていたとしても、それはごく自然なことだと思います。そして、そのイナズマ・イカズチという災いが、自分や家族、地域に降りかからないよう、ひたすら祈りを込めることも素朴な感情として理解できます。

 避雷信仰の神社「雷電宮」と、その歴史の歩みを共にしてきたともいえる、樹齢350年の杉の木。自らをまるごと避雷針代わりとし、民を守るこの日のために、悠久の時を超えて幹を高く伸ばし、枝葉を広げてきたのでしょうか。

 この21世紀においてすら、雷をめぐっては迷信や誤解がはびこって混乱してますよね。大木のそばにいたほうがいいとか、それじゃ逆にかえって危ないとか。金属を身につけるのは危険だとか、いやむしろ安全なんだとか。あのゴロゴロという雷鳴の原因は、いまだにハッキリとは解明されていないとも聞きます。雷というのは、それだけ科学の力も及ばない神秘性が備わった現象なのかもしれません。

 このたび、人里よりも神社の上に雷を落とすことを選んだのは誰か。 それは神なり。 おりこうサンダー。

 ……芸術の秋にふさわしいダジャレが炸裂したところで、明日朝早いワタシゃ寝ます。

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2005年11月 9日 (水)

相手との気持ちが合わなければ、契約は成立しない

>>> “ワンクリック詐欺”容疑で、ネット犯罪ジャーナリストを逮捕

 岩手県警察は7日、“ワンクリック詐欺”で現金を騙し取ったとして、東京都中野区のインターネットジャーナリストの男性(35歳)ら5人を詐欺の疑いで同日までに逮捕したと発表した。

 男性は、「事件簿ネット」というサイトを運営。インターネット関連事件を取材してレポートしていたほか、被害者からの相談も受け付けていた。インターネット犯罪の専門家としてテレビや新聞、雑誌などに多数出演・執筆するとともに、「インターネット犯罪 だます人・だまされる人」「ケータイトラブル完全撃退マニュアル」などの著書もある。国民生活センターが発行する月刊誌にも「ネット社会の落とし穴」という連載を持っていた。(インターネット・ウォッチ)2005/11/08

 なるほど。詐欺の被害者だけでなく、世間までをも欺いた正義ぶりっこ。 こいつは罪深いですねぇ。

 被疑者は、犯罪の被害相談も受け付けていたとのことですが、ひょっとしたら、だまされた被害者たちは、あろうことか犯人自身に事件解決の相談を持ちかけていたのかもしれませんよ。自分が放った火を自分で消す。マッチポンプ以外の何物でもない、不毛なスパイラルです。

 「インターネット関連事件を取材して……」といいますけど、誰のどんな事件を取材したんだか。そんなもん、貴様の実体験レポートなんじゃないのか?


 本日の「とくダネ」(フジ系8:00-)では、「それでは“ワンクリック詐欺”とは、どんな犯罪なのか。容疑者ご本人に解説していただきましょう」と、過去のインタビューVTRを流していました。あの構成は良かったです。素晴らしく皮肉っぽくて。

 どうでもいいですけど、物書きの中でも「ジャーナリスト」を名乗りたがる人って、異常に多いですよね。まぁ、響きがカッチョイイのは認めますけどね。それだけですけど。

 

岩手県警の調べによると、5人は共謀して虚偽の携帯電話向けサイトを開設した上で、2004年11月16日ごろ、同サイトへのリンクを記載したショートメールを携帯電話会社を装って神奈川県内の女性(33歳)に送信。リンク先のページには有料の利用契約が表示されるようになっており、このページにアクセスした女性に対して「登録料×万円が未納です。支払わなければ裁判にします」といった内容のメールを送信し、銀行口座に現金を振り込ませて騙し取った疑いが持たれている。(インターネット・ウォッチ)同上


 困りましたねぇ。昨年、架空請求詐欺を「振り込め詐欺」と命名して以来、警察庁は「口座にカネを振り込め、などという申し出は、まず疑ってかかれ!」と庶民を懸命に啓蒙してきたわけです。が、被害者が架空請求詐欺だと気づかずに、こちらに支払い義務があるものと勘違いしてしまえば、そんな警告も空しく響くばかりであります。

 アダルトや出会い系サイトなどの宣伝メールに書かれたURLを、なんとなくクリックしてしまった後ろめたさに加え、「裁判」という面倒くさそうな脅し文句も手伝って、つい向こうの言い値を振り込んでしまうんでしょうか。

 よろしいですか。迷惑メールに書かれてあるサイトを訪問しただけで、なんらかの契約が成立するなんてことは、ありえません。仮にあるとすれば、2クリック以上の操作があった場合でしょうかね。
 
 

◆ 電子消費者契約に関する民法特例法

 第2条(定義)
1 この法律において「電子消費者契約」とは、消費者と事業者との間で電磁的方法により電子計算機の映像面を介して締結される契約であって、事業者又はその委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って消費者がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込み又はその承諾の意思表示を行うものをいう。
2 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいい、「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
3 この法律において「電磁的方法」とは、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法をいう。

 第3条(電子消費者契約に関する民法の特例)
 民法第95条ただし書(※意思表示をしたことに重大な落ち度があった場合、その人から「やっぱり勘違いでした」とは主張できない)の規定は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について、その電子消費者契約の要素に錯誤(※内容の主要部分に重大な勘違い)があった場合であって、当該錯誤が次のいずれかに該当するときは、適用しない。
 ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。
(※以下略)
 
 

 なんだかややこしくて、できれば読みたくない文面(実際、ややこしいです)の条文ですけれども、要は、「ネット上で契約を成立させたかったら、契約を成立させてよいかどうか、その確認画面を相手方のために用意しろ」ということです。

 そもそも、契約とは何か。契約とは「(法律上のことがらで)自分と相手との気持ちが合わさった状態」です。

 たとえば、コンビニの売場に在庫の食パンが置かれた、という事実をもって、そのコンビニにおいて「この食パンを売ります」という気持ちが表れているわけです。そして、客がその食パンを欲しくてレジに持っていけば、この時点で売買契約が成立します。この場合、お金を払うどころか、声を交わすことすら、契約締結のためには必要ありません。
 それは、ヒゲ面の店長の「売りたい」という熱い気持ちと、ヒゲ面のあなたの「買いたい」という気持ちが、お互いの間で通じ合い、重なり合い、渾然一体となっておるからです。……気持ち悪いですか? そこは少しガマンしてください。

 もし、あなたが「やっぱり食パンやめた。イチゴ大福にしよう」という気まぐれを出せば、その瞬間、いったん成立した契約が合意解除(あるいは契約の錯誤無効)され、イチゴ大福の新しい売買契約が締結されたことになります。小売店ではよくある場面ですが、法律上はちょっと面倒なことになっているというわけです。

 一方で、このクリック詐欺。メールを受け取った側には、冷やかしでサイトを訪問してみる気持ちしかないのに、いきなり一方的に「有料契約が締結されています」と言われてしまっている。このスカスカした気持ちのすれ違い。一体、どこに契約が成立する余地があるというのでしょう。まるで、1回一緒にメシを食いに行っただけで「オレの女」扱いするパッパラパー野郎を見ているようです。

 架空請求の通知が来ても「無視するのが一番」というのは、そういうことです。法律上、なんらの関係も生まれていないのに、そんな無関係の人間にカネを払わにゃいかん義理など、どこにもありゃしません。なのにカネが動いたのだとしたら、それは民法上の「不当利得」ですので、ただちに利息を付けて返還する義務が生じます。
 

 社会科の公民で、中学生たちに三権分立やら戦争放棄といった抽象理念を吹き込むのも結構かもしれませんが、むしろ、「契約とは何か」とか「クーリングオフの使い方」「連帯保証って、何がどういうふうに恐ろしいのか」などを義務教育の段階で教えておくのも有意義だと思います。

 だって、そういった知識のほうが、よっぽど大事でしょ? そんな実践的な法律教育をカリキュラムに組み込むことに、なにか障害でもあるのでしょうか。

インターネットよろず法律相談所
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2005年11月 8日 (火)

「生体認証セキュリティ時代」を鋭くえぐる問題作

051108atm

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2005年11月 5日 (土)

泥棒たちの「ジャイアン的発想」

>>> 110番通報を切ったつもりの強盗が御用 (茨城)

 石岡署は4日、千葉県松戸市、パチンコ店店員(29)を強盗の現行犯で逮捕した。

 調べでは、容疑者は午前7時15分ごろ、石岡市の無職女性(47)方に玄関の鍵を開けて侵入、居間にいた女性の首を締めつけ、「財布はどこにあるんだ」と脅し、財布から3万9000円とコードレス電話の子機(3000円相当)を奪った。

 侵入に気づいた女性が子機で110番通報。馬乗りで押さえつけられ、「助けて」と叫んだだけで会話は途切れた。容疑者は子機を奪ったが回線は維持されており、異状を感じた県警本部からの指令で署員が7分後に到着し、玄関から逃走しようとしていた容疑者を取り押さえた。調べに、容疑者は「人がいるとは思わなかった」などと話しているという。

 県警通信指令課では「110番通報すると、電話帳に住所が載っていれば表示される。かけた側が切っても回線は維持されるので、緊急の時は迷わずかけて欲しい」と話している。(読売新聞)2005/11/05


 初めは窃盗のつもりだったが、被害者に見つかってしまったので手をかけて、その後も盗みを継続しています。「居直り強盗」ってヤツです。

 「電話を切っても回線が維持される」などと言われても、一体どういうことなのか、文系の人間にはピンと来ませんが、とにかくスゴいシステムのようです。民間警備会社と契約していない庶民も、緊急時には迷わず110番を。

 逆に採れば、警察にイタズラ電話をかけて、すぐに切ったとしても、あっさり身元は割れるということですよね。お気を付けくださいまし。
 

◆ 刑法 第236条(強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役(※20年以下)に処する。
 
 

 では、ここでクエスチョンです。本件で、犯人の暴行や脅迫によって被害者女性が奪われた「財物」は、現金と電話の子機ということになりますが、その両方につき強盗罪が成立するのでしょうか。

 これは、犯人に「不法領得の意思」があったのかどうか、という問題になります。「不法領得の意思」とは、236条には載っておらず、あとで付け加えられた「書かれざる構成要件」というヤツでして、これが犯人の心の中に無ければ(正確には、その意思があったことを客観的な証拠で証明できなければ)、強盗だけでなく、窃盗や詐欺、横領といった「頂戴する系」の罪は全て成立しません。
 

 「不法領得の意思」の中身は、犯罪類型ごとに微妙に異なるのですが、判例によると、強盗や窃盗における「不法領得の意思」とは、

 (1)権利者を排除して、他人の物を自分の物とする意思(排除意思)
 (2)物の経済的用法に従って利用し、処分する意思(利用意思)


 この(1)(2)両方を満たす必要があるとされています。つまり、『のび太のモノは、オレのモノ』というジャイアン的発想を指します。「つまり」でも何でもないですが。

 この「不法領得の意思」という考えを最初に示したのは、戦前。大正4年(1915年)の「教育勅語事件」大審院判決にまでさかのぼります。
 ある学校で、校長に不満を抱えていた教員が、校長の失脚を図って、教育勅語などを持ち出し、担任していた学級の教室の天井裏に隠したという事件です。教員は窃盗罪で起訴されたわけですが、最高裁の前身である大審院は、「不法領得の意思」が無いとしました。もし成立するとすれば、窃盗より軽い器物損壊罪のみでしょう。

 なんでまた、教育勅語を隠して器物「損壊」なのか……?と感じてしまうのも無理はありませんが、器物損壊罪の適用される範囲というのは、相当に広いんです。おなじみなのが、他人のペットを虐待してケガを負わせたりする行為ですよね。動物も刑法上は「器物」、おちゃわん扱いです。
 他にも、他人の庭のコイを逃がしたり、店の食器に小便をかけたり、他人が買ったアイスクリームをホカホカの肉まんと一緒に入れてみたり、もちろん他人の物を勝手に隠すことも含め、その物が本来備えている効用を失わせるような行為は、全部ひっくるめて器物損壊罪の対象となります。

 まぁ、乱雑な処理だと言われれば、それはそうかなと。

 本件で、犯人が奪った現金4万円弱については、当然、自分の物にして費消する考えがあるでしょうから、「不法領得の意思」があり、強盗罪が成立します。では、電話の子機を強奪した点はどうなのでしょう。

 この子機を奪った犯人の目的は、警察に通報しようとした被害者の行為を妨害し、犯行の発覚を遅らせることに主眼があると思われます。(1)権利者を排除する意思はギリギリあるのかもしれませんが、(2)コードレス電話の子機なんか、いったん家の外に出たらガラクタ同然で使い物になりません。よほどの機械オンチでない限り、そんなことは知ったうえでの犯行でしょう。

 したがって、(2)利用意思を満たさず、コードレス電話の子機を奪った点については、強盗罪に問われないと考えられます。ただ、(2)の利用意思がなくても「不法領得の意思」を認定する裁判例(物取りの犯行を装うケースなど)も次第に増えてきており、単純に割り切れなくなりつつあるのも確かです。

 ちなみに、盗難保険や住宅総合保険では、窃盗や強盗にともなう「毀損」も保障の対象となっていることがほとんどです。ただ、保険約款の中にある言葉が法律用語と同じ意味で使われているとは限りませんので、ここでの「毀損」に隠匿まで含まれているかはナゾですねぇ。

 保険会社も商売でやってますから、そこまで保障の幅を広げてくれているのか疑問ですが、ためしに問い合わせてみますか?(他力本願)
 

 ……そもそも、こんな理屈をツラツラ書いて、皆さんが面白がってくださるのかどうかが、一番の疑問なんですけどね。開設から1年以上経ちますが、このブログの方針、いまだにカッチリ定まってません。
 
 
 

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2005年11月 4日 (金)

サインしません

 杉浦法相が31日の初登庁後の会見で、死刑執行命令書に「サインしない」といったん明言し、1時間後に撤回した問題で、同法相は1日の閣議後会見で「舌足らずというか、もう少し説明すべきだった」と改めて釈明した。また、一連の経緯を小泉首相に説明したところ、首相から「気を付けて下さい」と、閣僚として発言に注意するよう指示されたことも明らかにした。
 法務省によると、法相が就任時に死刑執行命令拒否を明言したのは異例で、「おそらく初めて」という。(読売新聞)2005/11/02

杉浦正健 公式サイト

杉浦法相 画像(時事通信)

【参考過去ログ】
 刑事訴訟法475条(2005/06/09)

 

◆ 刑事訴訟法 第475条
1 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。(※以下略)
 
 
 
 
 もう、皆さんすでにご存じのニュースでしょう。単に、私が乗り遅れてしまっただけです。
 死刑執行を巡っては、1990~91年に法務大臣を務めた左藤恵氏が、宗教上の理由で拒み、この期間を含む89年11月~93年3月には執行がなされなかったことがあります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「サインしない。私の宗教、哲学の問題」「(死刑制度は)廃止の方向に向かうのでは」

 ↓1時間後

「私個人の心情を吐露したもので、法相の職務執行について述べたものではない」

 ↓1日後

「法相の職務にはあらゆる要素を加味して、厳正に対処しなければいけない。個人の心情で動かされるべき問題じゃない」「職務執行に当たっては個々の事案、千差万別なので、そういうものを十分、大臣としての職責を検討したうえで判断する」

 ↓だけど

「他人の命を奪うということは、理由を問わず『許すべからざることだ』という気持ちが根底にある」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 悩みに悩んでいる様子は、人間らしくて結構なんですけれども、「結局どないやねん」と言いたくなるのも確かです。死刑執行命令書に「サインしない」というのが「法相の職務執行について述べたものではない」という発言が特に意味不明ですし。命令書へのサインは、法務大臣にしか許されていない特命なのですよ。

 
 昨年5月30日、官房副長官だった杉浦氏は、曽我ひとみさんと面会したことがありました。北朝鮮に残る夫のジェンキンスさんと娘2人との再会実現について、話し合うためです。杉浦氏は、金正日総書記が提案した北京での再会を望んでいたんですが、曽我さんはかねてから「中国で面会したら、私も一緒に北朝鮮へ連れ戻されてしまう」と拒絶しており、すれ違いが予想されていました。
 しかし、杉浦氏は面会後、報道陣に向けて、曽我さんが北京での面会を容認したと発表したのです。「意向は十分聞き、信頼関係ができた」とも強調していました。翌日、杉浦氏の発言に驚いた曽我さんは、佐渡市を通じ「私の真意について」とする声明を発表。その中には遠回しながら「できれば北京以外で再会したいと思います」との願いが込められていたといいます。

 うーむ、もともと、人騒がせな方なんでしょうか……。

 「私の宗教、哲学の問題」と語った杉浦大臣。先生は、浄土真宗大谷派の信徒だということですけれども。もうちょっと、突っ込んで調べてみたいものですね。

 一方で、われらが内閣総理大臣。

>>> 死刑制度「あっていい」

 小泉純一郎首相は1日夜、首相官邸で記者団に対し、死刑制度について「うん、あっていいと思いますよ」と肯定した。(時事通信)2005/11/02

 なんだか、軽いなぁ。 まるで「うん、あっていいと思いますよ。黄色いピーマンも」ぐらいの口ぶりです。



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2005年11月 2日 (水)

「原則」「例外」という論理

<TV録画訴訟>装置の販売差し止め命令 大阪地裁

 マンション住民のために1週間分の民放テレビ番組を一括して録画し、住民が自室で好きな時間に視聴できる自動録画装置を巡り、大阪の民放5社が「著作権法に違反している」として開発・販売元のクロムサイズ社(東京都港区)を相手取り、販売差し止めなどを求めた訴訟の判決が24日、大阪地裁であった。山田知司裁判長は「放送局の著作隣接権である番組の複製権と、公衆に視聴させる送信可能化権を侵害する。装置の販売によって必然的に権利侵害の結果が生じる」として視聴可能地域での販売差し止めを命じた。

 装置の商品名は「選撮見録(よりどりみどり)」で、大容量ハードディスクを備えた共用サーバーをマンション内に設置し、番組を録画する。各世帯(最大約50戸)ではLAN回線を通じ、ハードディスクに録画した番組を見ることができる。録画番組は各世帯ごとに予約する仕組みだが「全局予約モード」を選択すると5局の全番組を1週間分録画できる。

 毎日放送など5社が今年1月に提訴した。(毎日新聞)2005/10/24

 聞きかじりの法律マニアと、法律のプロヘッソナルの違い。それは膨大な法律関連情報のうち、何が「メイン(主)」であり、「サブ(従)」が何なのかを把握し、整理できているかどうかにあります。

 まず、メインの決まり事である「原則」を見つけて、それに沿って考えていき、その後に初めて例外規定を検討していくわけです。たとえば、自動車学校の学科でも、原則と例外を混乱させる問題が引っかけとして出されたりしますよね。あれも元はといえば道路交通法の条文知識ですから。「原則から例外」……おそらく、この順序をたどることこそが法的思考の論理であり、作法であるようです。

 だから、司法試験の問題では決まって、例外的な事例をあえて出してくるのでしょう。なぜなら、原則ばかりを問題にして聞いたのでは、例外を書かなくても(知らなくとも)正解できますので、受験者の実力をまんべんなく試せないからです。この順序をたどらず、「こう聞かれたら、こう書く」式の情報を丸暗記して吐き出しているような受験生は、まっさきに落とされます。

 「原則→例外」という思考パターンを心がけてほしいと願う出題者側。だとすれば、そういう方針の出題に対して、前提である原則を飛び越していきなり例外であるはずの「論点」を持ち出してくる答案や、例外の後に原則を書いているような答案には、真っ先にG評価(最低評価)が下されてフラレるのは当然だということになります。出題者に言わせれば、「原則に戻って出なおしてこい」ってとこでしょうね。

 ただ、やっかいなのは、何が原則で何が例外なのかが、条文を通読しただけでは意外と分かりづらいことです。六法全書を手にしたことなんて一度もないという一般の方にとっては、なおさらです。

 テレビ番組をビデオに録画するのは構わないのに、そのビデオを友人のためにダビング(複製)してあげることは、著作権侵害の違法行為です。海外に住む人、あるいは当該番組の放送エリア外にいる人のために、番組を録画してテープを郵送することも同様です。
 こういった事実に対して、一般の人が「おかしいじゃないか」という反応をするのは、結構ありうることのようです。これは著作権法の「原則」が、未だにちまたに浸透していないことから起こる誤解ではないかと思われます。

 著作権法第21条をひもとくと、「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」とあります。とすれば、テレビ番組という著作物を、テレビ局などの著作権者に無断でビデオ録画するという、全国の誰もが当たり前にやっている行為じたいが、本来的には違法なんです。

 つまり、「テレビ番組録画は違法行為」であり、「ビデオデッキは、もっぱらレンタルビデオだとか、自分たちがビデオカメラで撮影した映像を再生するためにある」というのが「原則」だということになります。

 この原則を前提に、番組視聴者によるビデオ録画は、著作権法第30条にいう「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること……を目的とする場合」において、あくまで「例外」的に認められているにすぎない、というわけです。
 このようなプライベート視聴目的で留まっているのであれば、著作権者の権利が不当に侵害されるおそれは類型的に小さかろう、と考えられていることが、その理由のようです。その昔、ビデオデッキが登場し始めのころには、家の中に番組テープを数多く蓄積・保存して「ライブラリー」を構築することも、「私的使用」の範囲を超えており、番組制作者に無断でやれば著作権侵害になるのではないか、という議論すらあった模様です。

 地方に住んでいる友人がやたら観たがっている首都圏ローカルの番組を、録画して送ってあげようという場合が、「その他これ(個人的・家庭内)に準ずる限られた範囲内」という「例外」に含まれるどうかは、いろいろご意見もおありでしょう。ただ、法律上の通説は「含まれない」ということのようです。なので、原則通り違法な行為だとされております。
 マスターテープを友人に送り、その友人に複製してもらって、マスターテープだけ送り返してもらえば、「限られた範囲内」での複製になると認識してらっしゃる方も少なくないようですが(お恥ずかしいことに、昔の私もそう思い込んでおりましたが)、全体としてみれば、ダビングテープを送ったのと同じことなので違法となります。

 まぁ、違法だ違法だとはいっても、テレビ局側があなたを法的手段に訴えない限り、それで警察に逮捕されたり賠償請求されたりすることはございませんけどね。著作権法がそういう仕組みですので。実際には、人気番組を毎週録画しつづけたテープやDVDを、ネットオークションに出して現に経済的利益を得るなどした者たちから優先的に摘発されている模様です。

 番組の複製(ビデオ録画)は、もともとは番組制作者側の権利なのであって、番組視聴者が当然にできるものではない。この原則・例外の関係さえ知っていれば、ビデオのダビングが、たとえ対価を取らず好意で行ったとしても、著作権者の著作物複製権を侵害する違法な行為となりうるんだ、といったことも、だいぶ分かりやすくなるのではないかと思います。

 たしかに、広告収入のもとに無料で提供される地上波放送を、しかも放送が終了した後に、無償で友人にダビングしてやったのを指して「原則として著作権侵害だ」と言われても、なかなかピンと来ないかもしれません。「それでテレビ局に何か実害でも出るのかよ」とも言いたくなります。そのお気持ちは分かりますよ。

 しかし、その番組を、どの地域、どの放送局に、どのタイミングで放送させるか、そのコントロールを決定することだって、膨大な人材・資力・時間を費やしてその番組を生み出した側に認められるべき利益です。特に今後、有料の衛星放送がさらに普及してくれば、視聴者のダビングにより生じる損害が、経済的な意味でもより具体化されてくるのでしょうしね。

 テレビ番組に限りません。音楽、書籍、写真、ゲームなどなど、これからも、そういったエンターテインメントで楽しみたいと願うのであれば、作品の安易なコピーは慎むべきです。せっかく世間に新しい楽しみを送り込んで、多くの人々に受け入れられているのに、その支持にふさわしい対価が入ってこないということであれば、物を創り出すクリエイターたちのモチベーションが下がって当たり前です。
 著作権法の「原則」を意識していなければ、自分で自分の首を絞める結果にもなりかねない、ということをお知らせしておきます。

 
 
 ただ、「原則」と「例外」が逆転しているのは、じつは一部の法律実務での運用だって同じです。

 たとえば、犯罪を犯した疑いのある者は、「証拠隠滅のおそれ」や「逃亡のおそれ」という条件を満たさない限り、逮捕できないことになっています。しかし実際には、警察官等が請求さえすれば、逮捕状は裁判官によってほぼ100%の確率で自動的に垂れ流されています。
 また、被疑者と弁護人は、捜査当局による取り調べ中だろうが何だろうが、いつでも接見交通(直接のコミュニケーション)ができる、というのが刑事訴訟法の基本的な立場です。しかし、被疑者の身柄を確保している捜査機関が、接見してもいい時間等についても主導権を握っているのが現状です。
 そして公判。起訴された事件の有罪率が99%以上を誇る、「推定無罪」の国ニッポン。

 
 司法試験で、さんざん理論的な「原則と例外」を身につけてきた優秀な合格者たちも、

 「何を寝ゴト言っとるんだ。これが実務だ」

 ……先輩法曹からそういうふうに断言されたとたん、素直な彼らは、刑事実務での「例外と原則」の関係性にも柔軟に適応しながら、それぞれの現場へと羽ばたいていくのでしょうか。
 
 
 
 閑話休題。今回の判決では、「システムの設置者(※マンション)と録画番組の使用者(※その住民ら)が異なるので、私的使用のための複製にはあたらない」と言いつつも、こういう一括録画システムを「販売」した業者の行為だけを採り上げて違法であると指摘した模様です。このシステムを「設置」したマンション経営者や、「利用」した住民の行為については不問に付されました。

 このあたりは、他にもいろいろな考え方ができるかもしれません。本件のように、マンションの経営者側が、住民のためのサービスとして、代わりにすべてのテレビ番組を録画・蓄積・配信する行為も、著作権者であるテレビ局や番組制作会社に断りなく行っていれば、著作権侵害の違法行為になる可能性があるのではないか、と私は考えます。基本的には、番組録画DVDをネットで売りさばく兄ちゃんたちと同じ問題が生じうるからです。
 たとえ、そのテレビ番組配信サービスを利用した住民から対価を取っていなかったとしても、そのぶん販売価格や家賃が高く設定されていたり、そういったサービスの存在が新規入居者を誘いこむ魅力的な要素になっていれば、番組を制作した方々の努力に「タダ乗り」していると批判されても仕方がないでしょう。

 また、テレビ局側は、当システムの「廃棄」まで請求し、著作権侵害の容赦なき徹底壊滅に臨んだようですが、「権利侵害の予防に必要な措置として認められる範囲を超える」として、判決で退けられたと報じられています。
 


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