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2005年11月 2日 (水)

「原則」「例外」という論理

<TV録画訴訟>装置の販売差し止め命令 大阪地裁

 マンション住民のために1週間分の民放テレビ番組を一括して録画し、住民が自室で好きな時間に視聴できる自動録画装置を巡り、大阪の民放5社が「著作権法に違反している」として開発・販売元のクロムサイズ社(東京都港区)を相手取り、販売差し止めなどを求めた訴訟の判決が24日、大阪地裁であった。山田知司裁判長は「放送局の著作隣接権である番組の複製権と、公衆に視聴させる送信可能化権を侵害する。装置の販売によって必然的に権利侵害の結果が生じる」として視聴可能地域での販売差し止めを命じた。

 装置の商品名は「選撮見録(よりどりみどり)」で、大容量ハードディスクを備えた共用サーバーをマンション内に設置し、番組を録画する。各世帯(最大約50戸)ではLAN回線を通じ、ハードディスクに録画した番組を見ることができる。録画番組は各世帯ごとに予約する仕組みだが「全局予約モード」を選択すると5局の全番組を1週間分録画できる。

 毎日放送など5社が今年1月に提訴した。(毎日新聞)2005/10/24

 聞きかじりの法律マニアと、法律のプロヘッソナルの違い。それは膨大な法律関連情報のうち、何が「メイン(主)」であり、「サブ(従)」が何なのかを把握し、整理できているかどうかにあります。

 まず、メインの決まり事である「原則」を見つけて、それに沿って考えていき、その後に初めて例外規定を検討していくわけです。たとえば、自動車学校の学科でも、原則と例外を混乱させる問題が引っかけとして出されたりしますよね。あれも元はといえば道路交通法の条文知識ですから。「原則から例外」……おそらく、この順序をたどることこそが法的思考の論理であり、作法であるようです。

 だから、司法試験の問題では決まって、例外的な事例をあえて出してくるのでしょう。なぜなら、原則ばかりを問題にして聞いたのでは、例外を書かなくても(知らなくとも)正解できますので、受験者の実力をまんべんなく試せないからです。この順序をたどらず、「こう聞かれたら、こう書く」式の情報を丸暗記して吐き出しているような受験生は、まっさきに落とされます。

 「原則→例外」という思考パターンを心がけてほしいと願う出題者側。だとすれば、そういう方針の出題に対して、前提である原則を飛び越していきなり例外であるはずの「論点」を持ち出してくる答案や、例外の後に原則を書いているような答案には、真っ先にG評価(最低評価)が下されてフラレるのは当然だということになります。出題者に言わせれば、「原則に戻って出なおしてこい」ってとこでしょうね。

 ただ、やっかいなのは、何が原則で何が例外なのかが、条文を通読しただけでは意外と分かりづらいことです。六法全書を手にしたことなんて一度もないという一般の方にとっては、なおさらです。

 テレビ番組をビデオに録画するのは構わないのに、そのビデオを友人のためにダビング(複製)してあげることは、著作権侵害の違法行為です。海外に住む人、あるいは当該番組の放送エリア外にいる人のために、番組を録画してテープを郵送することも同様です。
 こういった事実に対して、一般の人が「おかしいじゃないか」という反応をするのは、結構ありうることのようです。これは著作権法の「原則」が、未だにちまたに浸透していないことから起こる誤解ではないかと思われます。

 著作権法第21条をひもとくと、「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」とあります。とすれば、テレビ番組という著作物を、テレビ局などの著作権者に無断でビデオ録画するという、全国の誰もが当たり前にやっている行為じたいが、本来的には違法なんです。

 つまり、「テレビ番組録画は違法行為」であり、「ビデオデッキは、もっぱらレンタルビデオだとか、自分たちがビデオカメラで撮影した映像を再生するためにある」というのが「原則」だということになります。

 この原則を前提に、番組視聴者によるビデオ録画は、著作権法第30条にいう「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること……を目的とする場合」において、あくまで「例外」的に認められているにすぎない、というわけです。
 このようなプライベート視聴目的で留まっているのであれば、著作権者の権利が不当に侵害されるおそれは類型的に小さかろう、と考えられていることが、その理由のようです。その昔、ビデオデッキが登場し始めのころには、家の中に番組テープを数多く蓄積・保存して「ライブラリー」を構築することも、「私的使用」の範囲を超えており、番組制作者に無断でやれば著作権侵害になるのではないか、という議論すらあった模様です。

 地方に住んでいる友人がやたら観たがっている首都圏ローカルの番組を、録画して送ってあげようという場合が、「その他これ(個人的・家庭内)に準ずる限られた範囲内」という「例外」に含まれるどうかは、いろいろご意見もおありでしょう。ただ、法律上の通説は「含まれない」ということのようです。なので、原則通り違法な行為だとされております。
 マスターテープを友人に送り、その友人に複製してもらって、マスターテープだけ送り返してもらえば、「限られた範囲内」での複製になると認識してらっしゃる方も少なくないようですが(お恥ずかしいことに、昔の私もそう思い込んでおりましたが)、全体としてみれば、ダビングテープを送ったのと同じことなので違法となります。

 まぁ、違法だ違法だとはいっても、テレビ局側があなたを法的手段に訴えない限り、それで警察に逮捕されたり賠償請求されたりすることはございませんけどね。著作権法がそういう仕組みですので。実際には、人気番組を毎週録画しつづけたテープやDVDを、ネットオークションに出して現に経済的利益を得るなどした者たちから優先的に摘発されている模様です。

 番組の複製(ビデオ録画)は、もともとは番組制作者側の権利なのであって、番組視聴者が当然にできるものではない。この原則・例外の関係さえ知っていれば、ビデオのダビングが、たとえ対価を取らず好意で行ったとしても、著作権者の著作物複製権を侵害する違法な行為となりうるんだ、といったことも、だいぶ分かりやすくなるのではないかと思います。

 たしかに、広告収入のもとに無料で提供される地上波放送を、しかも放送が終了した後に、無償で友人にダビングしてやったのを指して「原則として著作権侵害だ」と言われても、なかなかピンと来ないかもしれません。「それでテレビ局に何か実害でも出るのかよ」とも言いたくなります。そのお気持ちは分かりますよ。

 しかし、その番組を、どの地域、どの放送局に、どのタイミングで放送させるか、そのコントロールを決定することだって、膨大な人材・資力・時間を費やしてその番組を生み出した側に認められるべき利益です。特に今後、有料の衛星放送がさらに普及してくれば、視聴者のダビングにより生じる損害が、経済的な意味でもより具体化されてくるのでしょうしね。

 テレビ番組に限りません。音楽、書籍、写真、ゲームなどなど、これからも、そういったエンターテインメントで楽しみたいと願うのであれば、作品の安易なコピーは慎むべきです。せっかく世間に新しい楽しみを送り込んで、多くの人々に受け入れられているのに、その支持にふさわしい対価が入ってこないということであれば、物を創り出すクリエイターたちのモチベーションが下がって当たり前です。
 著作権法の「原則」を意識していなければ、自分で自分の首を絞める結果にもなりかねない、ということをお知らせしておきます。

 
 
 ただ、「原則」と「例外」が逆転しているのは、じつは一部の法律実務での運用だって同じです。

 たとえば、犯罪を犯した疑いのある者は、「証拠隠滅のおそれ」や「逃亡のおそれ」という条件を満たさない限り、逮捕できないことになっています。しかし実際には、警察官等が請求さえすれば、逮捕状は裁判官によってほぼ100%の確率で自動的に垂れ流されています。
 また、被疑者と弁護人は、捜査当局による取り調べ中だろうが何だろうが、いつでも接見交通(直接のコミュニケーション)ができる、というのが刑事訴訟法の基本的な立場です。しかし、被疑者の身柄を確保している捜査機関が、接見してもいい時間等についても主導権を握っているのが現状です。
 そして公判。起訴された事件の有罪率が99%以上を誇る、「推定無罪」の国ニッポン。

 
 司法試験で、さんざん理論的な「原則と例外」を身につけてきた優秀な合格者たちも、

 「何を寝ゴト言っとるんだ。これが実務だ」

 ……先輩法曹からそういうふうに断言されたとたん、素直な彼らは、刑事実務での「例外と原則」の関係性にも柔軟に適応しながら、それぞれの現場へと羽ばたいていくのでしょうか。
 
 
 
 閑話休題。今回の判決では、「システムの設置者(※マンション)と録画番組の使用者(※その住民ら)が異なるので、私的使用のための複製にはあたらない」と言いつつも、こういう一括録画システムを「販売」した業者の行為だけを採り上げて違法であると指摘した模様です。このシステムを「設置」したマンション経営者や、「利用」した住民の行為については不問に付されました。

 このあたりは、他にもいろいろな考え方ができるかもしれません。本件のように、マンションの経営者側が、住民のためのサービスとして、代わりにすべてのテレビ番組を録画・蓄積・配信する行為も、著作権者であるテレビ局や番組制作会社に断りなく行っていれば、著作権侵害の違法行為になる可能性があるのではないか、と私は考えます。基本的には、番組録画DVDをネットで売りさばく兄ちゃんたちと同じ問題が生じうるからです。
 たとえ、そのテレビ番組配信サービスを利用した住民から対価を取っていなかったとしても、そのぶん販売価格や家賃が高く設定されていたり、そういったサービスの存在が新規入居者を誘いこむ魅力的な要素になっていれば、番組を制作した方々の努力に「タダ乗り」していると批判されても仕方がないでしょう。

 また、テレビ局側は、当システムの「廃棄」まで請求し、著作権侵害の容赦なき徹底壊滅に臨んだようですが、「権利侵害の予防に必要な措置として認められる範囲を超える」として、判決で退けられたと報じられています。
 


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コメント

いやぁ、久しぶりに、まともな法律論を聞きました
"(≧ー≦)”
みそしるさん、やっぱり本当は、常識を備えた、頭のよろしいお方だったんですね☆あは♪
原則と例外。伊藤塾でも叩き込まれたような記憶があります。。。ものにする前に、プロへっソナルをあきらめてしまいましたが☆☆☆
自分がどちらの側、原告か被告か、に立つかによって、さまざまな論じ方があるのも、また法律の面白いところですよね。明白な正解なんてないんですもんね♪♪♪
みそしるさん、先生になれそうなのになぁ。。。
私だったら、喜んで受講しに行きますよ☆格安なら☆☆

投稿: 月下美人☆ | 2005年11月 2日 (水) 21:24

おぉ、褒められちゃった。ありがとうございます。ここ数日、くだらないニュースがなかなか入ってこないんですよね。だから、こういうつまんないことしか書けずにいて、ちょっと困ってます。

言っときますけど、私の講義は高いですよぉ。時給1200円ぐらい取りますから。はっはっはっ。

投稿: みそしる | 2005年11月 2日 (水) 22:11

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