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2006年3月23日 (木)

法廷の匿名希望さん

>>> 窃盗罪:初公判で男が「刑務所から出たらまた万引きやる」
 東京都台東区で店からケーキなどを盗んだとして常習累犯窃盗罪に問われ、身元を明かさず「上野警察署留置番号第7号」として起訴された男の初公判が22日、東京地裁であった。男は過去3回、同様に身元不明のまま窃盗罪で実刑判決を受けており、被告人質問で「服役して刑務所から出てきたら、すぐまた万引きをやるのは間違いない」と答え、裁判官や検察官を困惑させた。(毎日新聞)2006/03/22

 いきなり、ものすごい開き直りで、かましてくれてますが。

 この公判、昨日の午後3時15分から行われたものです。開廷予定表の被告人欄で「氏名不詳」となっておりまして、ずっと気になって観ようか観まいか迷っていたんですが、有料メルマガの今週号を書き上げないといけないということで、午前中だけで裁判所から帰ってきました。

 「ひょっとしたら、一見の価値があったのかもなぁ……」と思っていたんですが、毎日新聞さんが代わりに傍聴してくれて助かりました。
 私が昨日の午前中に傍聴した「巣鴨のご長寿スリ(御歳80、前科19犯)」も、見ごたえあったんですよ。 この方は事件当時、自分の財布に7万円持ってたのに、他人のポケットに手を入れていたそうです。

 男は白髪交じりで、人定質問には答えず、2月4日にディスカウントストアの食品売り場でケーキなど4点(計795円)を盗んだとの起訴事実は認めた。「仕事にありつけるか分からず、生活のため食料品を万引きして暮らすしかなかった。社会に戻ると被害が増えるので、できるだけ長く刑務所に入れたほうがいい」。検察側が読み上げた調書で、男はそう供述していた。(同)

 裁判を傍聴しても、報道を見ていても実感しますが、万引きで生計を立てる人って多いですよね。犯罪心理学者によると、おもに社会的なストレスが原因らしいですが。

 昨年、石川県警が独自に行ったという調査によると、同県内で万引きで検挙された成人は、2000年は282人だったのが、2004年には約2.5倍の707人にまで増加しているのだそうです。万引きの全検挙人員の65%を成人が占めており、「もはや『大人の犯罪』とも表現できるような状況だ」としています。困りましたね。

 しかも、この被告人は、人定質問(※最初に氏名・生年月日・本籍地・住所・職業を裁判官が尋ねて、法廷に出てきているのが被告人本人であることを確認する儀式)で全部黙秘してみせたそうで。

 名前を黙秘した結果として、みんなから無機質な番号で呼ばれることになった被告人。 ひょっとしたら、被告人の本名は、他人に言えないぐらい恥ずかしいものなのでしょうか。 たとえば、『山田チョメチョメ丸』とか。
 でも、いくら人前で口にできないような名前でも、言うべきだと思えば言えばいいし、言いたくなければ黙っていればいいんです。 いくら気恥ずかしくても、名前は親からの最初にして最高の贈り物。 チョメチョメ丸ならチョメチョメ丸として、その運命を広い心で受け入れ、堂々と胸を張って生きていけばいいじゃありませんか。 なぁ、チョメチョメ丸よ。

 こういう「氏名黙秘」という戦略が認められるかは微妙です。法律上(憲法上)規定されている被告人の黙秘権は、特に「包括的黙秘権」と呼ばれていまして、名前どころか、何を聞かれても最初から最後まで一貫して黙っていることだって許されるとされます。

 ただ、これは学説上の話であり、最高裁の判例は、黙秘権は氏名におよばないとも言っています。

 かつては、黙秘権といったら『国家権力の横暴に屈しない覚悟』を見せつけたい、運動家の被疑者が行使するなど、イデオロギー的色合いが強かったのですが。

 この第7号さん、以前の裁判でも名前を言わなかったようですので、この黙秘作戦は、弁護人からの入れ知恵というわけでは無さそうです。

 

◆ 日本国憲法 第38条(自己負罪拒否特権)
1 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

◆ 刑事訴訟法 第311条(被告人の黙秘権)
1 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。

◆ 刑事訴訟法 第291条(黙秘権の告知)
2 裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。

 

 こういう権利は、「しゃべるかしゃべらないかを決める」という最低限の自由を保障しているわけです。裏を返せば、訴追側による無茶な拷問や自白強要に対抗する武器にもなりえますし、捜査官に都合のいい供述調書を作らせることを避け、被告人がぬれぎぬを着せられないための防波堤としても機能します。

 でも、「黙秘権」という権利は、一般の方にはなかなか理解していただきにくい概念ですよね。黙りこくる被告人に対して、皆さんは「悪いことをしたなら、サッサと認めろよ」と、一種のイラ立ちを覚えるかもしれません。
 たしかに、それも正しいのですが、

 ・ 誰ひとりとして、絶対にぬれぎぬを着せてはならない。たとえ真犯人を取り逃がしても。

 ・ 一部はやったとしても、そこからのなし崩しで、やってないことまで罪をかぶる必要はない。
 

……という要請だってあります。

 コナン君の言うとおり、「真実」は、いつもひとつかもしれませんが、「正義」は、立場によって複数ありえるのです。

 いくら賢かろうと、裁判官は神ではありません。 間違いを起こす人間だからこそ、また、間違ったら取り返しのつかない結果が引き起こされるからこそ、最終判断者は結論を決めつけてはなりませんし、つねに謙虚な態度で臨むべきです。

 とはいえ、本件被告人の、開き直ったその態度も気に入らないのよぉ~~♪  氏名の黙秘が、まるで2ちゃんねるでの匿名性みたいに、傍若無人に振る舞うための免罪符のようになっては残念です。

 ちなみに、判例では、氏名を黙秘したままの弁護人選任届は無効だとされていますので(※私にはその理由がわかりませんけど。この場合「上野署第7号」と署名しておけば、誰がどの弁護士を依頼したか識別できるんですから)、本件で就いた弁護人は、私選ではなく国選だということがわかります。

 裁判官が「今度出所した時は、盗みをしなくても何とかなるよう考えなくては」と更生を促すと「年を重ねるだけで駄目ですね。何だか不思議な裁判になっちゃいましたね」と返答。裁判官も「本当、不思議な裁判だね」と苦笑した。(同)

 不思議にしちゃってるのは、あなた自身ですよ。第7号さん。

 

>>>>>>> みそしるオススメ本 <<<<<<<

 裁判官の人数が絶対的に足りない日本の司法権に、なぜ、無視できない数の「裁判しない裁判官」たちが存在しうるのか。

 そして、「裁判官の独立」というタテマエをぼやかす、最高裁からの人事的圧力。さらに、日本全国の裁判官の判断内容を、最高裁がトップダウン方式で統制しているとウワサされる、「長官所長会同」という名の集い。

 これらも司法権の正義なのか? それとも必要悪なのか?

 詳細な図表が多く収録されているためか、少し値が張ってしまう本なのが玉にキズですが、司法権という聖職組織が抱えるドロドロした現実を少しでものぞいてみたい方には、ぜひお勧めしたい一冊です。

日本司法の逆説―最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち
日本司法の逆説―最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち 西川 伸一


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