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2006年6月29日 (木)

裁判員制度 それぞれの温度差

>>> 評議の感想は裁判員の「守秘義務」外 … 最高裁長官
 最高裁の町田顕長官は23日、東京・千代田区の日本記者クラブで記者会見し、2009年に始まる裁判員制度で裁判員に課せられる守秘義務について、「評議の進行に関する感想程度なら外で話しても構わない」との考え方を示した。
 被告が有罪かどうかや量刑は、非公開の評議で話し合われるが、裁判員に守秘義務があるため、裁判官が強引に評議を進めた場合でも問題が表面化しない恐れが指摘されている。町田長官は、この点について、「評議で出た意見の内容は守秘義務の対象だが、『言いたいことを言えない雰囲気だった』といった感想は、秘密ではない」と述べた。(読売新聞) - 6月23日

 

(( 参考過去ログ ))

長官 「私の好みで選んだわけではありません(笑)」 (2005/10/19)

 

 すっかり「隠れ長谷川京子ファン」としておなじみ(ウソ)町田長官の談話です。 憲法記念日以外の機会に談話を発表するのは異例とのことですから、司法改革に占める裁判員制度の重要性が見えてくるというものです。

 でもねぇ、長官。 「感想なら言っていいよ」って、そんなこと、言うまでも無く当然のことでしょう。 問題は、評議の内容について外へ持ち出すことは許されない、というところです。

 なんだか「守秘義務ありき」で、話がどんどん進んでますけど、それでいいんですかね。仕事や育児・介護をなんとかヤリクリさせて休み、裁判員として審理に参加して、いろいろ考えて意見を出したのに判決理由には盛り込まれず、でも、審議の内容は「口外するな。墓場まで持っていけ」なんて……

 どれだけ裁判員にプレッシャーを与えれば気が済むんでしょうか。

 そんなもん、罰則科されたって誰も来ませんよ。 裁判所まで行って、そんなヒドい目に遭わされるんなら、最高10万払ってサボったほうがマシですもん。

 裁判員に関する意識調査で、6割から7割が「参加したくない」と答えていますが、当たり前ですよ。 「ぜひ参加したい」という層が2割近く占めていることのほうが、むしろ私には驚きです。

 この私だって、裁判員には「あまり参加したくない」にマルを付けたいですからね。

 

 まず、裁判員に守秘義務を課す「目的」「理由」は何なのでしょうか。

 担当の裁判官が、いかなるキャラや思想を持っているかを、世間に知られたくないのでしょうか。 どんだけ「ミステリアスな司法」でいたいんでしょうか。

 自分たちの「素」の部分を見せないようにしてミステリアスな雰囲気をかもし出すのって、今どき流行りませんよ。 残念ながら、バブル時代の売りだし手法です。

 

 
 裁判長 : WANDS判事  「法を語るより、口づけをかわそう」

 右陪席 : DEEN判事    「証拠物件から、瞳そらさないで」

 左陪席 : ZARD判事補  「負けないで、検察側」
 

 

 それぞれの裁判員は、危害が及ばないよう、名前を伏せて、番号で呼ばれる予定なんでしょ? そのこと自体の良し悪しは置いておくとして、裁判員の匿名性が維持されているんなら、どこに住んでる誰が、どんな意見を出したのかは特定できないわけじゃないですか。

 だったら、「評議の場に、こういう意見が出ていたよ」「裁判長に、こんな失礼なこと言われたよ」という事実そのものは、裁判所の外に公開しても問題はないと思うんですけどね。

 まぁ、いくら名前を伏せたところで、たとえば芸能人やスポーツ選手などが裁判員として参加した場合は、はじめから面が割れているわけですが。

 「あのコケティッシュなグラビアアイドルが、裁判員として死刑相当との意見を!!」という、妙な情報でも明るみに出たら、たしかに、そのタレントさんのイメージに影響しそうなもんです。
 そういう情報に限って、カネに糸目を付けないメディアもいるんだろうなぁ。 でも、そのへんはもう、各裁判員の良心に委ねましょうよ。

 

 ちなみに、アメリカの陪審員に、評議内容を守秘する義務は課されていません。 もちろん、職業裁判官が噛んでいない陪審の評議と、裁判員制度とは、当然に同じようには論じられませんけど、やっぱり、よけいな義務を課されるのは、ゴメンこうむりたいわけです。

 まぁ、同じ評議に携わっているのに、裁判官に守秘義務があって、裁判員に守秘義務が無いのでは、整合性が保てないじゃないか、という考えもありえますかね。

 ありえますが、そんなに裁判官と同等の義務を裁判員に課したければ、裁判官に保障されると同等の報酬も、裁判員に支払われるべきです。 日割り計算で。

 
 

>>> 裁判員に選ばれたら、6割「自分の意見伝える」・民間調査
 2009年までに始まる裁判員制度について、もし裁判員に選ばれたら裁判官とどのような評議をするか尋ねたところ、6割以上が「異なる意見に対して、自分の意見をきちんと伝える」と回答していたことが、富士通総研が実施したアンケート調査で分かった。(日経新聞)2006/06/28

 

 もちろん、この6割の中には、「ええかっこしい」の回答者が含まれていることを忘れてはなりません。 誰だって「自分の意見をきちんと伝えるべき」とは思っているんですから。

 アンケートでの模範的回答と、実際に裁判員として参加したときの振る舞いが、必ずしも一致するとは限りません。 ですが、そのあたりの事情を差し引いても、「6割以上」というのは、かなり高い数値に違いありません。

 

 共同調査した日本メディエーションセンターの田中圭子代表理事は「『裁判員制度は日本になじまない』と思われがちだが、環境を整えれば、むしろ向いているのではないか」と話している。(同)

 

 同感です。 誰が言い出したか知りませんが、「ディベート好きのアメリカ人に司法参加は向いているが、“お上” “親方日の丸”を伝統的にあがめたてまつるクセが染み付いた日本人には向いていない」とは、なんと乱暴な議論なのでしょう。

 一般の方が参加する、裁判員に良く似た制度で、検察官の起訴・不起訴を監視する「検察審査会」があります。 「お上に逆らえない日本人」が運営しているにもかかわらず、しっかりと機能しておりますよ。

 まぁ、検察審査会は、一般の皆さんのみで構成されてますから、裁判員裁判とは、少し事情が違うんですが、まぁ、そう心配するほどのことでもないでしょう。 日本人の精神的なクセの問題は。

 また、私は、裁判員制度に反対の意見を唱えている方々こそ、いちばん裁判員の適性があると確信しています。 それだけ、政府や裁判所に対して、ご自分の意見を迷わずハッキリと言えるんですからね。

 

 近日中に、私なりの「裁判員制度に対する提言」を偉そうにまとめて、このブログにアップします。 モノ申したいことが、溜まりに溜まってますんで。
 

 人間にとって、知識も大事ですが、知識は詰め込みすぎると、勘が鈍ります。

 ですから、決まりきった型にハマることに慣れた、「押し寿司」のごとき裁判所の中に、普通の人々が蓄積してきた知恵や経験を持ち寄ることは、非常に意義のあることだと思います。

 それどころか、司法機能に市民が関与することによって、裁判の間違いを減らすことも可能だ、とすら、私は考えています。 われながら、能天気です。

 なので、私は裁判員制度の理念に逆らうものではありません。 ただ、やり方がムチャクチャ悪い。 とにかく、主権者であらせられる国民さまに対して、失礼きわまりないんですよね。

 今のようにイイ加減なままで、裁判員制度が動き出すとすれば、国民の間に「司法不信」の世論が確実に噴出します。

 なにしろ裁判員制度は、ゼニカネの話を通り越して、人々の「行動の自由」を制限する仕組み。 ですから、「司法不信」の潮流は、他の「マスコミ不信」や「年金不信」なんて、問題にならないぐらいの痛烈なインパクトで裁判所に襲いかかってくるはずです。

 批判に慣れていない裁判所の皆さん、覚悟はできていますか?

 

 
 

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 個人的には、陪審制がそんなにイイものだとも思いませんが、実際に日本にも「陪審法」が存在しますし(「あった」じゃなく、今も「ある」のです)、避けては通れない話題です。

 裁判員制度は、刑事裁判を変えられるか……?

 変えてほしいなぁ。 それだけの潜在能力はあるはず。

 

裁判員制度は刑事裁判を変えるか ― 陪審制度を求める理由
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コメント

国民の裁判員制度への関心の高さには驚きました。皆さん真面目ですね。私も見習わねば。私は重罪の裁判や長引く裁判が苦手ですからね…。

ところで、

「とにかく、主権者であらせられる国民さまに対して、失礼きわまりないんですよね」

という記述を読んで、私は思い当たることがありました。

今日、裁判所で常連の傍聴人の方が、裁判所が不親切だったという経験を教えてくれました。

たくさんあったので一例だけ挙げます。
25分近くも開廷が遅れたのに何の説明もなかったそうです。理由は分かっていたというのに。

その方は、「25分も遅れるのに何も言わないとは」「裁判員制度が始まるというのに」「傍聴人は勝手に見に来てるだけだからどうでもいいと思っているのだろうか」などと、本当に残念そうに話されました。

これは、書記官が、ひとこと言えば済むことでした。臨機応変な対応が苦手なのでしょうか。

裁判員制度に関心を持たれた方も傍聴に訪れていることでしょうし。

まあ、傍聴人に裁判の遅れを教えるべきかどうかという問題には、色々な意見があるでしょう。

しかし、裁判員制度が機能するためには、裁判について何も知らない方にも協力して頂ければなりませんから、臨機応変にその場で対応する必要も出てくるでしょう。
まあ、事前に文書で通達されたことについては得意なようですから、訓練次第では改善の可能性はあるのでしょう。

とはいて、私としては、悲観的になっているわけではありません。歴史的に重大な局面に立ち会えるかもしれないのですから。

やじうま傍聴人としては、裁判所がどのように変わっていくのか、面白がりながら見守っていきたいと思っています。

投稿: 絶坊主 | 2006年6月29日 (木) 23:40

毎度、コメントありがとうございます。

たとえば、電車は3分も遅れれば、車掌がマイクで平謝りですよね。「トンネル拡張工事中につき、徐行運転を行っております。乗客の皆さま、お急ぎのところ、大変ご迷惑を……」なんて。

前の公判が長引いて、時間が押してるのなら、書記官でも廷吏でもいいので、誰かが傍聴人に説明するのがスジはスジですよね。

そこは、やっぱり、絶坊主さんの傍聴友達がおっしゃるとおり、「傍聴人は勝手に見に来てるだけ」という意識があるからだと思います。

たまに「15分ほど遅れておりますが開廷します」と早口で前置きする裁判長もいますけどね。

傍聴席がゼロだろうと満員御礼だろうと、裁判所の運営には関係ありません。客商売ではありませんから。

しかし、裁判員制度が動き出せば、裁判所に一般の皆さんが来てくれるための努力や工夫というものに、どうしても頭を使わざるをえなくなると思います。

裁判所の人々に限らず、人は追いつめられないと変わりませんからね。現段階では、ある程度は仕方がないのかもしれません。

投稿: みそしる | 2006年6月30日 (金) 22:55

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