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2006年6月 4日 (日)

最高裁弁論の「ドタキャン」を擁護できるか

((参考過去ログ))

どのツラさげて来るのカナ?(2006/04/17)

最高裁ドタキャン弁護士 安田好弘さんの基礎知識(2006/03/24)

待てど暮らせど来ぬ人を……(2006/03/17)

 

 山口 光市の母子殺害事件 上告審弁論に関連して、マスメディアがあんまり「最高裁ドタキャン弁護士」たちを吊るし上げて叩きまくるので、その反作用を打ち出してバランスを保とうとしてか、「擁護論」がふつふつと湧き上がっているようですね。

 あの件で、安田好弘弁護士と足立修一弁護士をかばう声が噴出してくるとは、正直申し上げまして予想外でした。 このブログでは、そういった声への対応については、手薄のままで放置しておりまして、反省しております。

 この問題を論じるにあたって、たしかに最低限の情報収集は必要となるでしょう。 ただ、関連情報をどれだけたくさん集められたかは、問題の性質上、そう決定的な要素にはならないだろうと考えます。
 最高裁に呼ばれたのに、約束の日に法廷へ出てこなかった。 その事実に間違いは無いわけです。 ならば、不出頭の弁護人らに弁解の可能性があるとしたら、それは何なのか。 むしろ、そこを重点的に掘り下げて検証していくべきではないでしょうか。

 まず、「弁論の準備期間が足りなかったこと」と「期日に出廷しなかったこと」は、別々に考える必要があると考えます。 弁論の準備期間が足りなかった事実が、即「ドタキャン」の正当化に直結するとは思えないからです。

 今回の件は、なにも「弁護人を安田氏と足立氏に交替せよ」と、裁判所が強制的に命令したわけではありません。 弁護側からの申し立てによる交替なんです。 しかも、昨年12月6日の時点で、『翌年3月14日』に弁論の機会を与える、ということが、すでに最高裁から通告されていたのです(この私ですら、昨年の時点でスケジュール帳にメモしておりました。弁護人両名もご存知だったと考えるのが自然です)。

 これが、昨年12月の段階で、たとえば最高裁が『弁論やるぜ!! 正月明けやけど』という指定をしたなら、たとえ弁護人の交替がなかったとしても乱暴ですね。

 通常なら、相手方の言い分を整理したり、有効な反論のために客観的な資料を集めたりするには、10日とか2週間とか、それぐらいの準備期間が与えられるでしょうか。 ただ、この件の場合は、一審で死刑が求刑されたほど社会的に問題視された殺人事件であり、しかも上告審です。 間もなく最終決定に至る、たいへん重要な段階です。

 なのに、仮に「1ヶ月で仕上げろ」と、最高裁が強引に突っぱねていたのとしたら、ひどい話ですよね。 「そんなに急では、防御の策を用意するいとまが無い」との同情を寄せる余地は十分にありそうです。 しかし、実際には3ヶ月以上の準備期間が双方に設けられたわけです。

 3ヶ月あっても「足りない」とは、なかなか言い出せるものではありません。 この国に近代的な司法制度が導入されて以来、弁論を行うことが最高裁に予告されたなら、訴訟当事者は皆、その期日に間に合わせてきたのです。 それでも「時間が足りない」というのは、「自分の能力が足りない」ということの自白に他なりません。 なので、法律家は誰も、口が裂けても「足りない」とは言えやしないのです。

 とはいえ今回は、弁護側が「弁護人交替」を、3月6日に正式に申し出て、その交替の理由として「時間が足りない」と書いて寄こした事案のようです。 もちろん、安田氏と足立氏は、法曹としての能力は人並み以上のものをお持ちでしょう。 それでも「時間が足りない」のだと。 まぁ、あと8日間しかない、ということですからね……。
 ただ、遅くとも弁護人を替わった時点で、ご両名は3月14日という「締め切り」を認識し、その締め切りを覚悟の上で後任を引き受けた、と見るべきです。

 一部には、昨年12月の時点で実質的な弁護人の交替があって、すでに両名は水面下で動いていた(単に届け出が無かっただけ)との指摘もあるようです。 だったら、なおのこと、準備を整える期間は十分にあり、むしろ、「延期」を申し出る口実として、弁論の前週まで交替の申し出を保留したことになります。 その点において、ますます批判は免れないでしょう。
 もし、これで延期が認められるなら、弁論期日が近づくごとに弁護人を次々と交替させていくことで、弁論期日や判決言い渡しを永久的に回避できるようになりませんか。

 整理しますと、今回のドタキャン騒動と、弁護人が途中交替していた話は、いくらか関係がありそうに見えて、じつは関連性など無いんじゃなかろうか、との疑念に至るわけです。

 

■ 弁論の準備期間は不足していたか? それは誰の責任か?

 
(1) もしかすると、前任者のもとでは任務が継続できない、なにか、やむを得ない事情でもあったのか。
  

(2)-1 仮に、やむを得ない事情があったとして、なぜ、それを公開法廷で堂々と弁明しなかったのか。弁護人の交替について、もし、やむを得ない事情があったのなら、その旨の主張がどこかでなされるのだろうが、現時点では見つからない。 (※事情に詳しい方、ぜひ情報をお寄せくださいませ)
 

(2)-2 仮に、交替につき、やむを得ない事情が何もなかったとして、二審判決から3年以上の時間が経過していたにもかかわらず、なぜ交替があの時期だったのか。 上告審の準備期間は、それまでにいくらでもあったのではないか。 それとも、二審判決の「無期懲役」のまま確定するものと、楽観していたのか。

(3) 弁護士さんの業界はどうなのか不明だが、世の中には「引き継ぎ」というものがある。 前任者の担当弁護人が、これまでの裁判経過の蓄積について何らのサポートもせず、後任者に丸投げでもしたというのか。

 

■ なぜ、当日の出廷が、かなわなかったのか?

(4) ドタキャン理由として公表されているのは、「準備期間の不足」ではなく、スケジュールが重なった「裁判員模擬裁判のリハーサル」を優先させたためであった。

(5) 何歩か譲って、「準備期間の不足」を理由に法廷をボイコットすることを認めるとして、それならば、「ただいま裁判資料を検討している」「最高裁の暴挙に抗議する」といったことを(たとえウソでも)欠席理由とするのが筋ではないか。

(5)-2 いや、ひょっとしたら、準備期間の不足は、あえて自分たちが引き受けた「危険」であるから、大っぴらには出さない、というのが、彼らの美学にあったのかもしれない。
 では、「裁判員模擬裁判のリハーサル」は、弁護人両氏が同席していなければ動かなかったのか。 模擬裁判(ましてやリハーサル)の運営は、現に人が2名も犠牲になった必要的弁護事件の弁論とは違い、少なからず人員の替えが利くのではないか。

(6) いずれにせよ、せめて主任弁護人の安田氏だけでも、法廷に出ることはできなかったのか。

(7) ドタキャン前と後とでは、傍聴希望者が倍(61名→119名)に増え、カメラや記者が最高裁前の歩道を塞いでしまわないか心配してしまうほどの盛況ぶりとなった。
 まさか「世間で忘れかけられている事件を、再度マスコミに注目させる目的」で、今回のドタキャンは粛々と執行されたのではなかろうか? ……と、つい早とちりの私は思ってしまうのだが、訴訟引き延ばし以外に、何らかの確信犯的な目的はあったのか。

 

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 「無期懲役か極刑か」という悩みを抱える現実の裁判を、いったん見て見ぬフリして、裁判員の模擬裁判(のリハーサル)に顔を出した両氏。 彼らは、なぜそこまで「裁判員裁判」にこだわりを見せておられるのでしょうか。

 ひょっとしたら、「死刑廃止」という彼らの最終的な目標を実現に向かわせる舞台として、3年後からの裁判員裁判に狙いを定め、そこに重点をシフトさせようとしているのではないか、と勘ぐらずにいられません。

 世論は、死刑制度に賛成なのか、それとも反対派が多数を占めるのか。各団体のアンケートの採り方によって、いろいろ答えがあるようです。 ただ、実際に裁判員になって、「死刑」という一票を呈示していく営みには、やはり一般の方は、少なからぬ抵抗や恐怖を抱くものだと思います。 それは、まさしく「一般の視点」であり、「庶民の感覚」に他ならないものといえましょう。

 もちろん、裁判官だって、何の心理的な葛藤もなく死刑判決を出しているわけではありません。 が、素人の裁判員なら、より、刑の選択に戸惑いを感じて、仮に間違いがあった場合に取り返しのつかない「死刑」という意見を表明しにくくなるのではないか、と。 ひいては死刑という刑罰が日本国でも有名無実になるのではないか、という期待を込めている人も、一部にはいるのではないでしょうか。

 実際に裁判員制度が動き出したとき、本当に一審段階での死刑判決は減るのか、やってみないとわかりません。 それでも、死刑慎重・廃止派の方々は、裁判員を務める一般人の戸惑いに賭けている…… だから、万難を排してでも(※ここでいう「万難」には、最高裁での弁論も含まれることになりますが)、模擬裁判に取り組む。

 そう考えないと、つじつまが合いませんよね。 いかがでしょうか。

 

◆ 刑事訴訟法 第278条の2(出頭在廷命令)
1 裁判所は、必要と認めるときは、検察官又は弁護人に対し、公判準備又は公判期日に出頭し、かつ、これらの手続が行われている間在席し又は在廷することを命ずることができる。
2 裁判長は、急速を要する場合には、前項に規定する命令をし、又は合議体の構成員にこれをさせることができる。
3 前2項の規定による命令を受けた検察官又は弁護人が正当な理由がなくこれに従わないときは、決定で、10万円以下の過料に処し、かつ、その命令に従わないために生じた費用の賠償を命ずることができる。
4 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。
5 裁判所は、第3項の決定をしたときは、検察官については当該検察官を指揮監督する権限を有する者に、弁護士である弁護人については当該弁護士の所属する弁護士会又は日本弁護士連合会に通知し、適当な処置をとるべきことを請求しなければならない。
6 前項の規定による請求を受けた者は、そのとつた処置を裁判所に通知しなければならない。

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コメント

私は、安田弁護士擁護派です。
この件についてはよくわかりませんが、上告を受けたあと、最高裁が弁論を開くかどうかは最高裁が決めることだということらしいです。
被告側としては、弁論が開かれるかどうかも判らない状態で2年以上待たされ、突然「3ヶ月後に弁論やるから来い」と呼び出されたということだと思います。

私は、この事件について、安田弁護士のドタキャンなんかよりも、マスコミの印象操作の方がずっと悪質だと考えています。

悪質さの最たるものが、例の手紙です。
あの手紙が、なんでマスコミに流出しているのかということを考えれば、答えが出ると思います。
それに、あの手紙の文面をよく読むと、誘導尋問の形跡がみてとれます。
どうして、誰もこのことを指摘しないのかが不思議です。

投稿: RYZ | 2006年6月 7日 (水) 16:10

> RYZさま

コメントを付けてくださいまして、ありがとうございます。


> 上告を受けたあと、最高裁が弁論を開くかどうかは最高裁が
> 決めることだということらしいです。

そのとおりです。事件で何が起こったか、その事実関係については、高等裁判所までで認定された内容で、いったん固定されます。

最高裁は、法律論について集中して考えて、必要となる法解釈を編み出し、結論を出すところでして、書面を使って審理するのが原則です。この書面というのは、これまで蓄積されてきた裁判資料や、上告に際して当事者が書いて提出してきた上告趣意書や答弁書などですね。

ただ、書面だけで結論を出すには、どうも足りないなという感じを受ければ、当事者双方を法廷に呼び出して言い分を聞くことになります。

上告審では、弁論を開かずとも結論を出せます。にもかかわらず、わざわざ弁論の機会を設けるということは、今までの下級審判決に何らかの変更が及ぼされる可能性も、事実上高まるのです。


> 被告側としては、弁論が開かれるかどうかも判らない状態で
> 2年以上待たされ、突然「3ヶ月後に弁論やるから来い」と
> 呼び出されたということだと思います。

では、じわじわと呼び出すんですか。どうすれば「突然」ではなくなったのでしょう。この件で弁論を開くべきかどうかは、最高裁にも見えていなかったんです。

事件当時「少年」だったという被告人の立場を尊重して、検察側の上告を棄却し、無期懲役の判決を維持すべきか。それとも、引き起こされた結果や犯行態様をもっと重く見るべきなのか。第三小法廷の各裁判官はたいへん悩まれたのだと思います。けっして簡単な事案ではありません。

この態度が、なにか問題になるでしょうか。


「2年以上待たされ」とおっしゃいますが、そんな素直で受け身の刑事弁護人はいないでしょう。そんなナイーブな方に、法曹は務まらないです。

待ってるヒマがあれば、被告人の利益のために動いていくのが弁護人ですので、ご心配は無用です。まだ判決は確定していないんですから。


> 私は、この事件について、安田弁護士のドタキャンなんかよりも、
> マスコミの印象操作の方がずっと悪質だと考えています。

ときにマスコミが節操を欠く報道を行うのは、視聴率や売り上げという悪魔に魂を売っているからです。それはそれとしまして、ここは安田弁護士らのドタキャンについて、話してまいりましょう。

RYZさまの「こっちよりも、あっちのほうが悪いじゃないか」という論法を借りますと、「弁論を1日空白にした安田さんらより、上告審を何年間もペンディングにした最高裁のほうが悪質だ」となるでしょうか。だから、安田氏や足立氏は悪くない、擁護する、ということなのですか。

また、「印象操作」や「誘導尋問」という言葉を、どういった意味合いで使っておられるのか、こちらで読み取りにくくもありますので、これ以上のコメントはいたしかねます。

申し訳ございません。よろしければ、この件に関するマスコミ報道の悪質さについても、いろいろ教えてください。

投稿: みそしる | 2006年6月 8日 (木) 21:29

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