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2007年3月12日 (月)

「評議の秘密」って何だろう?

>>> 袴田事件支援団体の集会「無罪の心証」と元裁判官
 静岡県で1966年、みそ会社専務一家4人が殺害された「袴田事件」で、袴田巌死刑囚(71)(再審請求中)に対する1審・静岡地裁の死刑判決にかかわった元裁判官の熊本典道氏(69)が9日、東京都内で開かれた支援団体の集会に参加し、「自分は無罪の心証だったが、裁判長ともう1人の裁判官を説得できず、2対1の多数決で死刑判決を出してしまった」と明かした。
 熊本氏が、「評議の内容」を公の場で話したのは初めてで、再審支援に協力する意向も示した。
 裁判官が、判決に至るまでの議論の内容など評議の中身を明かすのは裁判所法に違反するが、熊本氏は「高裁や最高裁が間違いに気づいてくれることを願っていたが、かなわなかった。人の命を救うための緊急避難的な措置」と話した。 (読売新聞)2007年3月10日

 

 司法試験受験生にとって、袴田事件といわれたら「共産党袴田事件」でしょうが、そっちじゃないんですよ。

 あえていうなら「ボクサー袴田事件」です。

 じつは、この事件について、私もよく知らなかったんです。 最初に詳しく知ったのは、秋山賢三著「裁判官はなぜ誤るのか」や、浜田寿美男著「自白の心理学」(ともに岩波新書)がきっかけでした。

 ↓ 簡潔にまとまっています。
 袴田事件(事件史探訪)

 だいぶ昔の事件ですよ。

 今は、確定した死刑判決をもう一度見なおして欲しいという「再審」の請求(申請手続き)を、最高裁が受けつけるかどうかが待たれている段階です。

 なお、この手続きに30年近くかかっています。 もし最高裁が再審開始を決めたとしても、再審の裁判はこれから始まるんです。 地裁から。

 袴田死刑囚は今月、71歳の誕生日を迎えられました。

 

 熊本弁護士が裁判官時代、袴田事件の一審で死刑判決を書いたのは29歳のころ。

 殺人の罪で起訴された場合は、その事件を裁判官3人で審理することが義務づけられていまして(合議事件)、一番キャリアの浅い左陪席裁判官が、主任裁判官として判決文の案を書くならわしになっているようです。

 その若手裁判官の起案に、先輩の裁判長(部総括判事)や右陪席判事がツッコミを入れたりして、世に出す判決文を仕上げていくんです。 ときには、原型をとどめないほどの「修正」が行われることもあるとか。
 

 袴田事件法廷の左陪席に座って審理にあたった熊本さんは、検察側の立証をもとに袴田さんを有罪を導くのはムリがあると考え、「(検察官の主張が)疑わしきは罰せず」の鉄則を念頭に、主任裁判官として350ページの無罪判決文を起案なさったといいます。 

 しかし、すでに裁判長や右陪席が「死刑」の心証を固めていたため、2対1の多数決により、熊本さんは主文を死刑に書きなおして判決理由を導かざるをえませんでした。

 「高裁や最高裁が、この判決の間違いにきっと気づいてくれる」と信じつつ。
 

 判決前の評議で、たとえ裁判官3人の意見が分かれていたとしても、判決は、まるで何事もなかったかのように「全員一致」のものとして公判廷で出されなければなりません。

 この判決が出された後、熊本さんは裁判官をお辞めになっています。

 

◆ 裁判所法 第75条(評議の秘密)
1 合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聴を許すことができる。
2 評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。

 

 国民審査の対象である最高裁を除いては、評議の中での各裁判官の意見だけでなく、「何対何で有罪だったのか(or無罪だったのか)」との事実すら明かされません。 すべての合議判決・決定が「全員一致」ということになっています。

 「この結論が裁判所の意思だ」とする一貫した舞台演出によって、ギリギリの権威を保とうとなさっているのでしょう。 その気持ち、わからなくはありません。

 

 要するに、「ぶれない男のダンディズム」ってことでしょうか。

 今は女性の裁判官も少なくありませんが。

 

 ある裁判官が「評議の秘密」を破って、アノ裁判の裏側というものを世間に向けて語ったとしても、罰則が無いので犯罪になるわけではありません。

 ちなみに、再来年以降、裁判員が「評議の秘密」を破って、どんな話題が出てきたか、裁判長はどんな態度だったかなどを、日常会話やブログなどで明らかにした場合、こうなります。
 

◆ 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 第79条(裁判員等による秘密漏示罪)
 裁判員又は補充裁判員が、評議の秘密その他の職務上知り得た秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

 

 うーむ、この扱いの差は、いったい何なのでしょうか。

 ♪教えてぇー  おじぃーさんーー
 

 裁判員はともかくとして、裁判官は評議の内容をぶっちゃけても犯罪にはなりません。

 現職の裁判官であれば、「職務上の義務に著しく違反」したということで、弾劾裁判にかけられて強制的に辞めさせられる対象にもなりかねませんが、熊本さんはすでに辞めてますので、この点では関係ありません。

 ただ、「神聖」であるべき評議の中身を公表したことは、裁判官やその経験者などから職業倫理的に責められることは仕方がないところでしょう。

 もちろん、熊本弁護士としても、その覚悟を決めた上での発言だったはずです。

 40年間、誰にも真実を打ち明けられず、「王様の耳はロバの耳」だと言えず、じっと耐えてこられたのでしょう。 しかし、70歳を前にして、冥土まで持っていくべき秘密ではない、と腹をすえての決断だったのかもしれません。

 氏は「人の命を救うための緊急避難的な措置」とおっしゃってますが、先ほども説明いたしましたとおり、評議の内容をバラすことは刑事処罰の対象ではありません。 「的」と付いていますとおり、緊急避難そのものではないんですよ。

 ただ、今回の熊本さんの発言が特別に許されるものだとしたら、どんな法律構成が考えられますかねぇ。
 

 んーと…… 

 んーーーと…………

 

 超法規的措置。

 どこが法律構成だか。

 

 たとえば内閣の構成は「一体性」というものを確保しなければならないとされています。 総理大臣の意向と違うことを言っているナントカ大臣は、国会で野党から腹いっぱいツッコまれて辞めさせられ、別の人が入って来たりね。

……まぁ、いろいろです。(←興味ないのがミエミエ)

 
 日本国民の総意の「反映」「統合」だということにされている国会議員の先生方が出す「不信任決議」によって、内閣は、いつ総辞職の憂き目にあうか知れないリスクを負いつつ存在していますから、もちろんそれなりに必死です。

 ただ、裁判所の合議はどうでしょう。 いくら個別の事件に限ったこととはいえ、裁判官らの意見が分かれているものを「みんなこう言ってますよ」として世に出すとは。
 

 これを、一般庶民の素朴な感覚で「ウソ」と呼びます。
 

 個別意見を明かさないのは、まぁ理解はできます。 特に裁判員制度が始まれば、一般人の身が危険にさらされるおそれがあります。

 それでも、せめて結論が何人対何人で分かれたのか、という最低限の情報ぐらいは知らさせてもいいはずです。

 

 「評議の秘密」は、誤判の責任をあいまいにするための隠れミノですか? 違うでしょう。

 世間で政治家の皆さんは「汚い」ものの代名詞みたいな言われようですが、彼らは仕事上の間違いをおかせば政治責任を取らされます。 裁判官はいかがでしょうか?

 

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コメント


はじめて書き込みさせて頂きます。

いきなり掘り起こしてみました。

この件の再請求を最高裁は棄却したと、昨日テレビでみました。古い事件で新たな証拠は見つかるのか?あってもそれが一体認められるのか?気になります。冤罪の可能性があるから弁護団と告白した裁判官は今も活動してますよね。今回も最高裁はたてまえに縛られてのことなのかとも思ってしまいます。


投稿: ゆう | 2008年3月26日 (水) 13:38

>ゆうさま

はじめまして。

まだ弁護団はあきらめておらず、第二次請求をするみたいです。

犯行当時の着衣とみられるものが、現場の味噌樽のなかに見つかって、その着衣は味噌で染まっているのですが、そのほぼ完全な染まり具合から、裁判所は犯行当時に捨てられたものと認定しているようです。

一方で報道によると、弁護側は、それは犯行時の着衣ではなく、捜査を攪乱させる目的などで、真犯人が事後的に味噌樽へ投げ入れた可能性を指摘し、衣服は約1週間あれば完全に味噌で染まることを立証できるとして、これを次の新証拠としたいところのようです。

こういう件については、法廷に出された証拠を見ていない我々が言えることなど限られてくるのですが、この再審請求が続く間は、少なくとも死刑の執行は回避できるという事情はあります。

ただ、70歳を超えた袴田死刑囚は、ここ数ヶ月間、拘置所から家族との面会を禁じられている状況にあるようで、精神状態・体調などが心配されるところです。

言い方がよくないかもしれませんが、裁判所は、この中途半端な状態のまま「幕引き」というシナリオを最も望んでいるのではないかと勘ぐりたくなります。

袴田氏について無罪の心証を持っていたと告白した、元裁判官の熊本典道氏については、実はある方からオフレコという条件で聞いている話もあるのですが(別に裏話的なことでもないんですけど)、少なくとも熊本氏のブログは更新が止まっていますし、こちらも健康状態などが気になります。

使い古された言い方ですが、結局のところ、真相は神のみぞ知る、というやりきれなさがあります。

犯行を一貫して否認しつづけた被告人に対し、これまで言いわたされたすべての有罪判決(上告棄却)が、すべて真犯人のみに向けられている状態を100点満点だとすると、最高裁はいったい何点とっているのか、神様に聞いてみたいものです。

どれだけの犠牲の上に、最高裁は「憲法の番人」を自称しているのか…… そんなもん、今の私には調べる方法が見えないのが哀しいところです。

投稿: みそしる | 2008年3月27日 (木) 09:36

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