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2008年1月 8日 (火)

福岡3児死亡 飲酒ひき逃げ事故 判決公判

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 あけましておめでとうございます。

 午前9時10分。 福岡地裁の構内は、えらい人ごみに。 68席の傍聴席を求めて、500人以上が群がっていました。

 その群れのなかに、福岡の実家に帰ったついでで来た私自身もいたわけですから、他人事みたいに書いている場合ではありませんが。

 空を見上げれば、地元新聞社のヘリが旋回しています。 注目度はハンパじゃありませんね。

 

 えーと、抽選の結果ですが…… 相変わらずのクジ運でした。 今年も幸先が良いようですね。

 話題の裁判を傍聴しようとして、いちおう「メジャーに挑戦」してみたつもりだったのですが、私にはやっぱり、小さな裁判がお似合いのようです。 メジャー入りできた皆さん、おめでとうございました。

 

 世論やマスコミから叩かれたくない、むしろ拍手喝采を得ようと狙って、裁判所が厳罰を科すようなことはあっちゃいけません。 そんな「民主的」裁判で構わないのなら、私にだってできますから。

 したがいまして、世論の動きに惑わされず、とことん法律の条文を見つめつづけた川口宰護裁判長ほか3名の裁判官の態度は、「司法の独立」を具現化したものとして、その点で評価いたします。

 
 

◆ 刑法 第208条の2(危険運転致死傷)
1 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。 (※以下略)

◆ 刑法 第12条(懲役)
1 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする。

 
 

 この刑法208条の2 第1項が問題です。 適用されれば、道路交通法上の救護義務違反(最高で[当時]懲役5年)と併合させることによって、最高で懲役25年まで科すことができます。

 
 

◆ 刑法 第47条(有期の懲役及び禁錮の加重)
 併合罪のうちの2個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。

 
 

 酒気帯び運転(最高で[当時]懲役2年)も併合させたら、懲役27年まで科せたんじゃないのかなぁーと一瞬思ったのですが、そしたら、危険運転致死傷罪とで、飲酒の事実を二重に評価することになってしまいますね……。 やっぱり最高は25年のようです。

 そんなことだから、司法試……(以下略)

 さて、おおもとに戻りますが、208条の2には「アルコール(又は薬物)の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって」「人を死亡させた」と書いてありますね。

 この表現は、同じ交通死亡事故でも、「酒気帯び運転」「酒酔い運転」(ひっくるめて飲酒運転)の場合と、「危険運転」の場合とを、明確に分けていることを示しています。

 ポイントは「正常な運転が困難な状態で」という文言です。 ここが危険運転致死傷罪のカナメであり、かつ、現実の適用を難しくしている箇所といえます。

 もっと言えば、「危険な飲酒運転」と「危険でない飲酒運転」というふうに、複数の段階があることを認めた条文なのです。

 「酒を飲むことと、酒に酔うことは別だ」と言わんばかりに見えますが、「酒に酔ったことと、正常な運転が困難かどうか」ということすら別だというわけです。

 標語では「飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」と言っているくせに、法が「正常な運転が困難でない飲酒運転」というレベルの存在を認めるのは、ひょっとしたら、一種の矛盾かもしれません。

 酒に強い弱いといった体質には個人差がありますから、「正常な運転が困難な状態」だったかどうかは、必ずしも事前の飲酒量だけでは計れませんし、まして現場から逃げられて水などガブ飲みされたら、ますます立証は難しくなるのです。

 酔っぱらいが「ダイジョーブダイジョーブ」と言い放つのは、一種の口グセみたいなもんですから、何をもって大丈夫とするのか、客観的な線引きが求められます。 当然、線引きは難しいところです。

  

 まず、酒に強かろうが弱かろうが、「呼気中アルコール濃度0.15mg/l」という境界線をもって、それ以上を「酒気帯び運転」として取り締まっています。

 さらに、数値的な境界線は置いておいて、「正常な運転ができないおそれがある状態」といえれば、「酒酔い運転」として、さらに厳しく取り締まることになっているんです。 このへんの判断は、取り締まりにあたった警察官の主観によるといわれます。

 それじゃあ、「正常な運転が困難な状態」といえば、もっとひどい段階のはずですよね。 つまり、酒酔い運転レベルの状態で事故を起こしても、危険運転致死傷が適用されない可能性が残るということです。 

 だって、文言上、正常な運転が「できないおそれがある状態」と「困難な状態」ですから、この両者を比べたら、危険運転は酒酔い運転の親玉だと読み取るのが自然ではないでしょうか。

 事故を起こして相手に危害を加えたかどうかという結果を差し引いたとしても、酒酔い運転罪と危険運転致死傷罪の法定刑には大きな開きがあります。

 そのため、刑罰法規全体のバランスを考えたとき、裁判所は、正常な運転ができない可能性(「おそれ」)以上のもの、すなわち事故に至るまでの “現実としての” 運転困難性を求めたのでしょう。

 もちろん、飲酒運転を3段階に区別する必要がどこまであるのか、やっぱり「飲酒運転イコール危険運転」にしておくべきじゃないのか、よくよく考え直す必要はあります。

 また、危険運転には飲酒だけでなく「高速走行」のパターンもありますが、条文の要求は、やはり「その進行を制御することが困難な高速度で」となってます。 いずれにせよ結局は、現実的な運転の困難さを立証しなければならないとみられる、とても面倒な犯罪類型なのです。

 

 危険運転致死罪の適用に関して、酒酔い運転を上回るレベルを想定しなければならなかった本件の裁判官3名は、苦渋の決断を強いられたに違いありません。

 裁判官すら、条文の構成そのものに違和感を抱かれたのではないでしょうか。 むしろ気の毒な思いです。

 今日の判決は控訴審や上告審で破棄されるかもしれませんが、決して一審の裁判官が、人情や心の機微を知らぬ冷血動物だというわけじゃない、ということを太字で記しておきます。

 司法は今日もまた、法治国家の限界に直面したのです。

 良くも悪くも、法律は人間による産物。 批判されるべきは、刑法改正にあたった国会議員や内閣法制局のほうです。

 そういえば、危険運転致死傷罪で起訴された刑事事件は、来年以降、一般から裁判員が招集されるようになりますね。 一体どうなることやら……。

 なお、現行法では、自動車運転過失致死傷罪が最高で懲役7年、救護義務違反(ひき逃げ)が同10年、酒気帯び運転が同3年(酒酔い運転が同5年)と改正されています。 よって、本件と同じケースを現在起こせば、最高で懲役15年が科されるようになっていますので念のため。

 

 あんまり交通法規を厳罰化すると、クルマを運転する人がいなくなってしまうと懸念する人がいるようですが、結構なことじゃないですか。

 この国には今、クルマが多すぎるんです。 特に公共交通機関が発達した都市部では、どうしても必要な人だけ運転すればいいでしょう。 それでも遊びでクルマを走らせたいなら、それなりの覚悟が求められる時代になったってコトです。

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コメント

爆笑・・・・
購入し完読致しました。
どうして長嶺様のような方が裁判官になれないのか?残念でたまりません。

そもそも1審で結審しておきながらその後での「訴因変更」要求てのがちょっと理解できません。
なぜ審議中に行わなかったのか?
審議中なら原告も言いたい事あったんじゃないかと思うのですが。。。

投稿: けんちん | 2008年1月12日 (土) 12:14

>けんちんさま

お返事が遅れまして、失礼いたしました。拙書をお求めくださいまして、どうもありがとうございます。

いえいえ、私が万一裁判官になってたら、次々に来る裁判を処理しきれず、渋滞して仕方ないと思いますね…。すでに原稿が渋滞してますから。(おい)

けんちんさんの疑問は、目の付け所が素晴らしいと思いました。なかなか気づけませんよ。

ただ、ご心配にはおよびません。結審後に審理を再開して訴因変更がなされた場合には、もう一度、被告人へ最終陳述の機会が与えられているはずです。

投稿: みそしる | 2008年1月16日 (水) 23:04

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