国会議員の「世襲」と「職業選択の自由」
ひさしぶりに、時事ネタでいってみます。
もともと政治家だった家族や親戚の、いわゆる「地盤・看板・カバン」を引き継いで、あっさりとはいかずとも、かなり有利な条件で当選できてしまう「世襲議員」。
その世襲議員が、国会議員や閣僚の多くを占めている現状があると。
だから、一般ピープル候補の新規参入ができなくなっていると。
そして、世襲議員が総理大臣になっても、途中でいきなり辞めちゃったり、逆に解散の約束を反故にして、地位にしがみついたりしていると。
そうした世襲議員の立候補を制限しようという話が持ち上がっているのは、報道などでご存知の通りだと思います。
立候補を制限するのは、憲法22条1項で保障された「職業選択の自由」を侵害するからダメなんだ、せめて政党内の自主規制にとどめるべきだという議論があります。
しかし、職業選択の自由も、絶対的な人権ではありません。 私は、法律によって、世襲議員の立候補に制限をかけることもできると考えます。
制約のしやすさですが、「精神的自由」よりも、「経済的自由」のほうが、より制約しやすいというのが、憲法の一般論です。
商売・金儲けよりも、人としての思想や感情のほうが大事だと、憲法は一律に考えているのです。
職業選択の自由は、いちおう経済的自由に分類されますが、国会議員という職業を選択するというのは、むしろ精神的自由に近いのかなと思います。
そこは「経済的自由と精神的自由の中間的性格」として、特別に修正したほうがいいような気もします。
そこで、制約の目的が、いちおう合理的で、制約の手段は、ギリギリ必要最小限にとどめていたときに、はじめて制約ができるという基準を立ててみましょう。
世襲議員にも、庶民の気持ちをキッチリ想像できる優秀な方もいれば、そうでない方もいます。 世襲議員の立候補を、十把一絡げに制限するというのは、行き過ぎとも思えますが、一般の候補者に比べて、明らかにスタートラインが違う場合が多いと思うのです。
100メートル走なら、70メートルとか80メートル地点からスタートするような、不公平さがぬぐえません。
なので、制約する目的は合理的でしょう。
また、世襲議員の立候補を一律に禁止するのは行き過ぎでしょうが、「両親や親族の七光り」「後援会の威光」が及びにくい、まったく別の選挙区で立候補するなら、まぁいいでしょう。
そうなれば、制約の手段もギリギリ最小限といえそうです。
よって、同じ選挙区、あるいは周辺の選挙区で「世襲」を受け継ぐのを、法律で禁じるだけなら、世襲議員の職業選択の自由を不当に侵害せず、合憲であると考えます。
……まるで、司法試験の論文答案みたいになりましたので、付け加えますが、その候補者が世襲であることを、選挙ポスターでわかるようにしてはどうでしょうかね。
ポスターの隅に、(世)マークを付けるとか。
あるいは、世襲2世議員のポスターの大きさは、通常の半分までしか認めないとか。 3世議員は4分の1までにしてみたり。
ただ、ポスター掲示場で並べてみた場合、ほかより小さいとかえって目立つかな。
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