77年前、刑事裁判に参加した庶民の反応は?
>>> 「発言なく歯がゆい思い」 宮崎で陪審員の体験記発見
(前略)
東京都で呉服商を営んでいた桑田真一(くわた・しんいち)さん=1966年に84歳で死去=は32年、東京地裁であった殺人事件の陪審裁判に参加。桑田さんが52年ごろに書いた回想記に陪審員の体験を記したくだりがあるのを孫の芳幸(よしゆき)さん(61)が見つけた。
回想記によると、裁判は2日間にわたり、陪審員は用意された「温泉旅館の1等室くらい」の宿舎に泊まった。「料理は好み次第」だが、「酒は夕食時に1人2合と規定」され、外部との接触は禁じられていたという。
裁判長が「不審に思う点があれば遠慮せずに発言してもらいたい」と促す場面も書き残されており、桑田さんは「発言する者が1人もないので歯がゆいと思い、質問を試みたので注目を浴びた」と振り返っている。
桑田さんの記録によると、陪審評議の結果は有罪。裁判長がその後、男性被告に懲役7年の判決を言い渡した。 (共同通信 2009/06/24)
陪審員は、温泉旅館に宿泊できたんですね。 なかなか魅力的だなぁ~。
これは、戦前日本の「陪審制」の回顧録で、現在の裁判員制度とは少し違うものです。
陪審制の評議(有罪か無罪か)は、一般の陪審員のみが参加して、職業裁判官は参加できません。評議の結果が「有罪」だとして、そのときに初めて、プロ裁判官が量刑を決めるというシステムです。
なので、『裁判長が「不審に思う点があれば遠慮せずに発言してもらいたい」と促す場面』というのは、評議室ではなく、公開の法廷での出来事なんでしょうね。
裁判員裁判の評議では、裁判員6名と裁判官3名が一同に会し、有罪か無罪かに加えて、量刑までみんなで決めてしまいます。
そして、裁判員経験者には、評議の内容を外に漏らさない「守秘義務」が課せられます。
だとしても、「有罪と無罪の意見が何対何で分かれた」とか「誰がどんな意見を言った」とか「裁判員に、有名人のダレソレがいた」など、具体的な内容が守秘義務の対象です。
なので、「あまり発言しやすい雰囲気ではなかった」という程度の感想は、自由に言えるものと考えられます。
どうやら、裁判が終わった後に、マスメディアからの求めに応じて、裁判員は記者会見をする予定になっているそうですが、どれほど深い話を言っていいものか、テレビで顔出しさせられるのかどうか、など、具体的な段取りはそろそろ詰められているころかなと思いますね。
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