裁判員制度を輝かす 100の改善案 〔No.26-30〕
きのう、共同通信の方から、裁判員裁判の初判決に関してコメントをください、というお電話がありました。
コメントして、今朝、各メディアへ配信されてるハズなんですけど、少なくともネット上には載ってませんね……。
けっこう良いこと言ったつもりなのですが、私ごときのコメントでは、まだまだ力不足なんだなぁと痛感しました。
せっかく私に目を付けていただいて、取材結果を記事に起こしてくださった記者の方に対しても、気の毒な気持ちがあります。
今までずっと調べ、考えてきた裁判員制度について、意見を話しても、見向きもされないなんて、何が司法ライターだよ……。 自分、もっともっと精進せねば!
【 追記 】
共同通信社の担当記者の方から、メールが届きまして、「コメントは、ネット上の新聞社サイトにはあまり載るものではない」との事情があるようです。 気落ちして損しました。(笑
◇◆◇◆◇
【 26 】
裁判員の集中力をキープするため、こまめに休憩をはさむべき。
ふつうに生活している人々は、長時間にわたって「話を聞きながら、メモを取る」という行動に慣れていません。
なので、集中力がとぎれて大事な話を聞き逃してしまうおそれがあります。
何かのセミナーや講義を受けているのなら、少しぐらい話を聞き逃しても、それは自分が困るだけですが、裁判は他人に大きな影響を及ぼすものですから、事情が違います。ウカウカしていられません。
実際には、話を少しぐらい聞き逃しても、あとで映像や速記録などを見返すことができるようですが、裁判員6人それぞれが「あそこをもう一度見たい」「読み返したい」と申し出て、それにいちいち応えていたらキリがありません。
記録は自宅に持ち帰れるわけがありませんし、裁判所の庁舎内でチェックするしかないわけです。なので、「後で証言を見返せる」といっても限界があると思います。
今週の「裁判員裁判第1号」では、わりとこまめに休廷時間を入れていたようですが、これから何百件・何千件と裁判員裁判が行われていくうちに、運用が裁判長ごとにバラバラになってしまう可能性がありますから、ある程度の共通ガイドラインは必要でしょう。
【 27 】
「被告人」「被疑者」「被害者」という、ややこしい言葉づかいは、なんとかして。
それぞれ、同じ「ひ」が頭についた言葉で、ややこしいですよね。
ましてや、「被告人」と「被害者」とでは、まったく立場が逆ですから、混同するのは避けたいところ。
法律用語に比較的慣れているほうの私でも、法廷の傍聴席で聞いていて「被告人」と「被害者」が一瞬ゴッチャになる場合があります。
ましてや、法律用語に慣れていない一般の裁判員の方は、とまどわされること必至でしょう。
その点、マスコミ用語は賢明です。 それぞれ「被告」「容疑者」「被害者」と言い換えていますから、混同するおそれは極めて低い。
いっそのこと、被告人を「○○さん」と呼んでしまえば、もっと混同しにくくできるでしょう。
判決が確定するまで、被告人は無罪と推定するのがタテマエですから、「○○さん」という呼称は、そのタテマエにも沿います。
実際、被告人を「○○さん」と呼ぶ簡易裁判所の裁判官もいます。
ただ、凶悪事件を裁く裁判員裁判で、被告人を「○○さん」と呼ぶのは、世間からの理解を得られない可能性があります。
※ ちなみに、犯罪を犯した疑いがある人物は、逮捕や検挙段階では「被疑者」と呼び、検察官に起訴された時点で「被告人」に切り替わります。
法律上の扱いもだいぶ異なってくるのですが、それはそれとして。
【 28 】
公判前整理手続きで外された証拠の扱い
裁判員裁判が始まる前に、裁判官・検察官・弁護人の3者だけで非公開の「公判前整理手続き」が行われます。そこで、どの証拠を出して、どれを出さない、などの方針が決められますので、「整理手続きの段階で、裁判の行方が決まってしまう」とさえ言われます。
その整理手続きの場には裁判員は加われないわけですが、どういう証拠を外したのか、裁判員にリストを見せてほしいですね。
ある程度、審理が進んだ段階で、ある裁判員が「検察官の証拠請求から外されているようですが、この証拠を一度見ておきたい」と要求すれば、見せる。 せめて見せるかどうか検討すべきだと思います。
そうしないと、「公判前整理手続きによって、裁判員裁判がセレモニー化・形骸化する!」という批判が、よりリアルなものになってしまいますよ。
【 29 】
裁判員裁判の、テレビ中継を認めてください
世間で注目を集める重大事件の裁判だからこそ、誰でもテレビで見られるようにすべきでしょう。 これぞ「究極の公開裁判」です。
ただし、裁判員6名の容貌を映すのは控えるべきでしょうね。
また、裁判をテレビで放送するのなら、NHKにすべきと考えています。 せめて、CSで「裁判専門チャンネル」を作って、そこで流すとか。
民放で裁判中継するのは「視聴率稼ぎたいだけだろ」と、なんとなく邪推してしまいますね。
いや、視聴率を稼ぐこと自体は結構ですが、犯罪被害者の感情を犠牲にしてまで行うべきことではありません。
中継によって裁判がますます「ショー化」するのも見苦しいですし、「テレビに出たいから人を殺した」というヤツが出現しないとも限りません。
過熱しすぎた報道は「歴史に名を残すには、凶悪犯罪を犯せばいい」と、一部の者に思わせてしまう元です。
【 30 】
「陪審法」は、もう廃止でイイですよね?
欧米諸国で伝統的に実施されている、一般人12人のみで有罪か無罪を決める「陪審制」。
じつは、大正デモクラシーの一環で、戦前の日本の裁判所でも行われていました。
しかし、陪審員12人に裁かれるか、それとも職業裁判官が裁くかを、被告人が選べるシステムになっていて、ほとんどが後者を選んでしまったらしいのです。
日本の陪審制は次第に下火になり、昭和18年、戦争の激化などを理由に「停止」されました。
その当時に制定された「陪審法ノ停止ニ関スル法律」の、附則3項には「陪審法ハ今次ノ戦争終了後再施行スルモノトシ其ノ期日ハ各条ニ付勅令ヲ以テ之ヲ定ム」と書いてあります。
陪審法は、戦争の終結を「復活」条件として、その機能を「一時停止」したにすぎないはずなのです。
しかし、
戦争が終わって60年以上経っても、陪審法の復活など果たされないまま、冷凍庫の奥でカチコチに凍りづけにさせられたまま、あげくのはてには陪審制と両立しえない裁判員制度が、しれっと導入されたのです。
陪審法(大正12年4月18日法律第50号)は、停止中ながらも、いまだに有効な法律です。ついでに、「陪審法ノ停止ニ関スル法律」も、復活の条件を満たしているのに陪審法を復活させない「ウソ法律」に成り下がってしまいました。
裁判員制度を導入する以上、これら二つの法律は廃止させるのがスジです。
そうでないと、「日本の法体系は矛盾をきたしている」と批判されたとしても、仕方がありませんよ。
それも決して大げさな批判ではないでしょう。
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