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2009年9月20日 (日)

薬物犯罪と芸能界 (1) 槇原敬之と西川隆宏

 わざわざ私が指摘するまでもないのですが、芸能界における「薬物汚染」に、あらためて大きな関心が寄せられています。

 依存性の高い覚せい剤を乱用し、有罪判決を受けながらも、再び芸能界で鮮やかに活躍できる人もいます。

 大麻の所持で、完全に表舞台から去ってしまう人もいます。

 最初だけネタとして面白がられて、多くのマスコミに採り上げられるも、しばらくしたらパッタリ姿を見せなくなったりする人もいますね。

 

 こうした帰結の差は、芸能人としての才能の有無という、身もフタもない要素によって左右されているのでしょうか?

 「夢や希望を売る職業の者が、犯罪を犯した時点で、永久追放だ」という徹底した立場もありえます。

 更生の舞台は、なにも芸能界だけではないのですから。

 しかし、ビジネス上のメリットが見えたら、あまりにもあっさり芸能界に復帰させてしまうような業界の悪いクセもあるように思います。

 ちょっと残酷な気もしますが、同じような罪で捕まった同業者を比較しながら、「芸能界と薬物」について、この機会にあらためて考えてみたいと思います。


 

シンガーソングライター
槇原敬之

(事件の概要) 1999年

覚せい剤0.875グラムを、友人と共謀して所持
(※覚せい剤使用とMDMA所持は不起訴)

 

(事件の影響)

 所属事務所(ソニーミュージックエンターテイメント)は、音楽活動の「無期限停止」を決定。

 

保釈(保証金300万円)

 逮捕から1週間もせず、店頭のCDが回収されることになり、慌ててファンが買いに走ったため、過去の作品の売上が一時的に伸びた。このあたりの反応は、酒井法子被告人のケースと重なって映る。

 

(判決)
 懲役1年6カ月(3年間の執行猶予)
 覚醒剤所持の初犯としては相場どおり。

 

(裁判官の説諭)
 「家族らの信頼を裏切ったが、多くの人たちが更生を期待していることは十分、分かっていると思う」

 

(事件後)

 2001年に、古巣のワーナーミュージックと再契約。

 デビューしてから事件時までに作っていた曲は、ラブソングが大半だったが、事件の後は、人生や日常生活、平和などを考えさせる曲が多くなっている。

 SMAPに提供した楽曲「世界にひとつだけの花」のCD売り上げが、ダブルミリオンの大ヒット。

 バラエティ番組「探偵!ナイトスクープ」の顧問として、たびたび出演し、より親しみやすいイメージに。

 

 

 

キーボード奏者
西川隆宏

 

(事件の概要)2002年

 「自分自身の音楽と生き方を追求するため」に、3月にドリームズカムトゥルーから独立。実の兄と組むプロジェクトを進めていく過程で、口論となり、その場にいた兄の妻に暴行し、逮捕されたもの。
 勾留中に、自宅マンションで覚せい剤0.01グラムを使用したとして再逮捕。「2~3年前から常習的に使っていた」と供述。

 

(事件の影響)

◆ ドリカムの2人(吉田美和・中村正人)のコメント

 デビュー前から、“アンチドラッグ”という姿勢を強く貫いてきました。西川自身
の言葉を信じていた我々にとっては、大変残念なことです。

 これまで西川を信じ、応援してくださった皆さんに対しては、言葉も見つからない
ほど申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 今後は、一社会人としての責任を果たしてくれることを願うばかりです。

 

(判決)

 懲役1年6カ月(3年間の執行猶予)
 覚醒剤所持の初犯としては相場どおり。

 

(事件後)
 ラジオでのパーソナリティーをしたが、自分のやりたいことを違っていたため、故郷の北海道に帰ってDJをやっていた。
 睡眠不足で疲れていて、東京へ来たときにクラブに立ち寄り、売人の誘いについ乗ってしまった。(覚せい剤再犯の法廷での供述より)

 2006年、執行猶予期間が満了して3カ月後、再び覚醒剤の所持で逮捕される。 →懲役1年6カ月の実刑

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