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2012年10月12日 (金)

日本史上に燦然と輝き、シビれる「弁護士弁論」の備忘録(3)-2 『大阪空港訴訟』 木村保男弁護団長ほか

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( pro.foto )

 
 

((参考過去ログ))

日本史上に燦然と輝き、シビれる「弁護士弁論」の備忘録(3) 『大阪空港訴訟・第一審原告最終準備書面』 木村保男弁護団長ほか7名 1973.6.20

 

 

 関西地方屈指の人口過密地帯にできた国際空港・伊丹空港周辺の上空で、ひっきりなしに飛び交うジェット機の轟音に苦しめられた住民たちは、

(1)午後9時から翌朝7時までの、離着陸禁止
(2)過去の騒音被害の損害賠償
(3)将来の騒音被害の損害賠償

を求めました。

 

 一審の大阪地裁は、(3)は認めませんでしたが、(2)を認め、さらに(1)については、「午後10時から翌朝7時」というふうに、一部認めました。

 しかし、「午後9時から午後10時」について、住民の訴えは認められなかったのです。

 原告や弁護団は、これを「命の1時間」と位置づけ、二審の大阪高裁に望みを託しました。

 まだ、ハワイが「夢の島」と呼ばれていた頃。 私はハワイに行ったことが一度もないので、未だに夢ですが、それはともかく…… 海外旅行なんて一般庶民には無縁で、大金持ちしか行けなかった時代です。

 ある意味で、騒音問題は、資産あるものが資産なきものを虐げて、犠牲にしているという構図が成り立っていたのかもしれません。 ある意味でね。

 それを前提に、弁護団が控訴趣意書で展開した主張の記録をお読みください。

  

 航空会社のポスターを見れば、どれも南の海に全国から観光客を呼び寄せる派手なポスターであり、冬になればスキー客を呼ぶポスターがこれに代わることになる。われわれは、観光を罪悪視するものでは決してない。しかし、日頃航空機公害で苦しんでいる住民たちは、この派手なポスターのなかに、そして、それに誘われて集まる観光客に、今日の航空機需要の伸びの実像を見る思いがし、公共性の名において、この騒音に耐えなければならないことに複雑な思いがするのである。

 しかし、これらの乗客に、せめて一時間の行動予定を繰り上げてほしいと求めることが、全体的、総合的立場から考えて許されないことだとは思えないのである。

 観光客は勿論のこと、ビジネスに空港を使う人も、空港周辺の住民にもう一時間の安らぎをとりもどさせることの重みを考えるならば、一時間行動を繰り上げることができないとはいわないであろうと確信する。

 

 

 二審の裁判官らは、騒音に苦しめられている現場へ実際に足を運ぶ、異例の「検証」を行ったうえで、住民の請求(1)(2)(3)をほぼ全面的に認めるという、奇跡的な結論を示しました。

 もちろん、「命の一時間」も確保され、全日空(ANA)は判決の翌日に運輸局へダイヤ改正を申請したそうです。 午後9時から飛行機を一切離着陸させなくても、伊丹空港では何も混乱は起きませんでした。

 しかし、国側はこの二審判決を不服として上告。

 最高裁では審理が大法廷へ送られました。

 最高裁の裁判官15人が集結する大法廷。より慎重な審理をしようとする姿勢のアピールでもあります。

 もしかすると、住民側を逆転敗訴させる布石かもしれない。

 現場検証をせず、書面審理のみの最高裁判事たちへ、どのようにして被害をリアルに伝えるか、弁護人は頭を悩ませたようです。 

 以下、上告審での弁論要旨の一部です。

 

 

「被上告人らの居住地区の上空には、目に見えないレールが敷設されており、その上をジェット機が飛来するたびに、被上告人らの居住地区は、ガード下を遥かに上まわる騒音地帯に一変するのである。このような被上告人らの居住地区を滑走路代わりに使用している状況は、現在も継続しており、被上告人らは他に類を見ない異常な騒音にさらされ続け、甚大な被害をこうむっているのである」

(いずれも『大阪空港公害裁判記録6』(大阪空港公害訴訟弁護団 著・ 第一法規出版 刊)より)

 

 最高裁は、(2)のみ認め、(1)(3)は認めませんでした。

 それでも、航空各社の自主的な営業努力で、「午後9時から翌朝7時の離着陸禁止」は維持されました。

 

 当時は日本国が相手方だった騒音公害でしたが、現代でも、騒音問題での係争は、特に米軍基地(嘉手納基地や普天間基地、厚木基地など)を相手に行われています。

 まだまだ、この当時の裁判記録は色あせていないのです。

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2012年10月 6日 (土)

日本史上に燦然と輝き、シビれる「弁護士弁論」の備忘録(4) 『極東国際軍事裁判(東京裁判)一般最終弁論』 日本側弁護人・高柳賢三弁護士 1948.3.4

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 (Illust ACより)

 

 東京裁判。
 太平洋戦争当時の内閣総理大臣・東条英機などの首脳陣が、アメリカなどの戦勝国などから招集された裁判官により、「戦犯」としてことごとく死刑判決を言い渡されたアレです。

 その罪名が「人道に関する罪」という、どこから引っ張り出してきたのか不明なシロモノ。少なくとも、戦争が始まった時点では存在しない罪であり、そんな守りようのないルールで人を裁けないことは、法学部の1年生でも理解できます。

 

 仮に戦争責任というものがあるとすれば、その国内において、国民一人ひとりの自省なども踏まえて問われるべき概念。 せめて、戦争で何らかの被害に遭った国の人々が追及するのなら、まだ理解の範囲内です。

 ただ、戦勝国が「日本が起こした戦争が違法なので、それによる殺害行為も違法」とし、当時の政府首脳に対し、一般的な殺人の罪を着せようというのは、無茶な企みでしょう。

 

 確かに戦争は良くない。軍人・民間人問わず、おびただしい数の人命が犠牲となった。

 ただ、勝った国による殺害を棚に上げて、敗けた国の殺害ばかりを犯罪として裁く行為を、公正な裁判と呼ぶことは不可能です。
 裁判のやり直しを求めたくても、今では法廷そのものが存在しない。 力に物を言わせた理不尽なリンチなのです。

 少なくとも、民間人を狙って焼夷弾や原爆を落としたような国に責められたくありません。

 

 というわけで、日本側弁護団のひとりである高柳氏は、一国の首相らを殺人罪に問う「裁判」に鋭い異議を唱え、次のような弁論を行いました。

 

 

 

 「兎の手品」の比喩は、今日の流行であるようだ。

 イギリス国会において国内輸送機関の国有に関する政府の計量を批判するにあたって、レディング卿は、政府は比較的短い期間に「国有という帽子の中から社会主義の兎」を取り出すことに、すこぶる堪能であることを示したと言った。

 また、全印議会において、アチャリア・クリバラニ
(原文ママ)氏は、イギリス側の提示した憲法草案を批判して、ヒンドスタン語で、イギリス人は都合の好いときにいつでも帽子の中から兎や卵を取り出すと言った。

 私もこの世界的流行を真似て、検察側の議論を特徴づける精巧に編み上げられた詭弁の網を一気に解消せしむるために、兎の手品にたとえることを許されたい。

 手品師は通常の帽子を借りてきて、これをテーブルの上に置く。そして、これに向かって何やら呪文を唱える。

 さて、帽子を取りあげる。すると、テーブルには小さな兎がうようよ走り回っている。帽子の中にもともと兎がいたのではない。手品師が兎をその中に入れたまでである。

 検察側の議論は、まさにこれと同様である。
 検察側は普通の帽子、すなわち国家国民を拘束する国際法という綺麗な、そして上品な周知のシルクハットを持ってきて、これをテーブルの上に載せる。そして、これに向かって呪文を唱える。

 その呪文の中から「違法」とか「犯罪的」とか「殺人」とかいう言葉が次第に大きく響いてくる。

 そして、帽子を取りあげると、たちまち裁判所の中には国内法のここかしこから借りてきた新生の国際法理論が現れて観衆を驚かせる。

 どこからそれらを持ってきたかは重要ではない。もともとそれらの理論がシルクハットの中に無かったことだけは確かである。検察側において、それらをシルクハットの中に入れたのである。

(『東京裁判却下未提出弁護側資料 第7巻』 国書刊行会 P.49~50)

 

 

 ……うーん、ウマイたとえなのかどうかは微妙ですが、なかなかユニークな展開の主張ですので、個人的には気になりました。

 参考資料名は「却下未提出」となっていますけど、この最終弁論は実際に法廷で行われています。

 ちなみに、「アチャリア・クリバラニ」は速記者の誤記らしいのですが、正しい氏名は不明です。

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2012年10月 2日 (火)

東電OL再審と小沢一郎控訴審で注目! 東京高裁・小川正持裁判長って、どんな人?

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小川正持 (おがわ・しょうじ)
1949(昭和24)年7月25日生まれ(63歳) しし座

 

■ 逸話 ■
 
・ オウム真理教の元教祖に関する一審、初公判から全257回の審理に一貫して関わった唯一の裁判官。途中で阿部文洋裁判長(当時)の異動に伴って、裁判長に就任。死刑判決を言い渡した。

・ 最高裁図書館長時代は、同図書館を研究者以外にも積極的に使ってもらおうと、インターネット上での書誌情報の公開に取り組んだ。

・ 東電OL殺害事件の犯人とされ、無期懲役が確定し服役していたネパール人男性につき、無期懲役判決が取り消され無罪が示される見込みの やり直し裁判(再審)の裁判長を務める。今年10月29日に初公判が行われる。

・ 陸山会事件(新党「国民の生活が第一」代表の小沢一郎被告人にかけられている政治資金規正法違反容疑/一審無罪)の控訴審裁判長を務める。今年11月12日に判決。

■ プロフィール ■

 岐阜県出身。小学校からは名古屋で暮らした。
 
 明治文学が好きで、小さいころから、父親の書棚にあるさまざまな本を引っ張り出しては読んでいたそう。現在でも、どんなに忙しかろうと週に1冊は読む。2010年、前橋地裁所長に就任した際は、地元群馬ゆかりの文豪・萩原朔太郎の詩集を買い込んだという。

 その他の趣味は、植物観賞や庭いじり、囲碁。家族は妻と一男一女。
 ラブラドールレトリーバーを1頭飼っているらしい。

 「頭から決めつけず、かといって鵜呑みにせず、いろいろな人の話を、できる限り聴く」のが自らの信条だと語ったことも。

 ※以上のプロフィールは、前橋地裁所長就任会見での回答を再構成。
 

 名古屋大学法学部卒
 名古屋修習 29期(1974年司法試験合格・1977年任官)

1977年4月(27歳) 東京地方裁判所 判事補
1983年6月(33歳) 新潟地方・家庭裁判所 判事補
1986年4月(36歳) 千葉地方・家庭裁判所 木更津支部 判事補
1987年4月(37歳) 判事に任命される。
1990年4月(40歳) 東京家庭裁判所 判事
1991年4月(41歳) <最高裁判所 調査官>
1995年4月(45歳) 東京地方裁判所 判事
1998年4月(48歳) 東京地方裁判所 部総括判事(裁判長)
2005年11月(56歳) <司法研修所 教官>
2007年1月(57歳) <最高裁判所 刑事局長・図書館長>
2010年1月(60歳) <前橋地方裁判所 所長> (前橋簡易裁判所判事)
2011年5月(61歳) 東京高等裁判所 部総括判事(裁判長)

※ <>内は、裁判の現場から離れていた時期

 

 

 

 ……いやあ、かなり凄い経歴です。

 定年まで後2年足らずなので難しいですが、あと一歩、もし今ごろ東京高裁の長官に任命されていたら、次は最高裁へ入れたぐらいの方でしょうね。

 2~3年ごとの全国的な転勤が宿命といわれる日本の裁判官にあって、東京からほとんど離れていません。若い頃の新潟を含めても、全て関東甲信越地方でまとまっていますし、東京地裁で連続的に10年以上いられる裁判官もなかなかいません。

 また、東京高裁のヒラ判事でいた時代をすっ飛ばして、いきなり部総括判事に就任するというのも、異例というほどではありませんが珍しいことです。
 法廷から離れて、司法行政という内部的な調整部門でも必要とされた人材ということで、最高裁の人事部から高い評価があったのではないかと思われます。
 
 プロフィールや逸話などからしても、すごく地に足の着いた質実剛健な人柄が窺えますしね。

 事件は入ってきた順に、各刑事部へ“自動的に”振り分けられるといわれていますが、現役の国会議員が起訴されているわけですから、やっぱり地裁の大善文男さんも含め、「無茶な裁判官には任せられないな」と、実績ある裁判長のいる刑事部へ意識的に回しているのではないかな……? と推測されます。

 ほぼ刑事事件専門で裁判官キャリアを渡り歩いてこられたようで、判決遍歴は壮絶です。誰でも名前ぐらいは知っているような有名事件を次々と担当し、死刑・無罪・無期懲役にいくつも関わった経験があります。控訴審の裁判長として、逆転無罪と逆転有罪、両方出しています。

 陸山会事件の控訴審。一回のみで結審したのはどういう意図があるのかは、なかなか読み切れませんが、小川さんが昨年に言い渡した裁判員裁判を破棄しての逆転有罪判決は、いちおうそれなりの理由があるようですしね。
 だから、一審で出てきた材料で判決を出す自信があるとの意図を前提にすれば、小沢さんについて、指定弁護士側の控訴が棄却される可能性はかなり高く、70~80%ぐらいあると思っています。いや、もっとかな。

 

■ 判決実績 ■

 

■ 東京地裁 判事補時代 ■ 1977~83年

○ 被告人18名に対して無罪判決を言い渡すという異例の経過をたどり、新左翼メンバーに対する警察の誤認逮捕や拷問的取調べが明らかになった「土田邸・日石・ピース缶事件」では、左陪席を務めていた。

 

■ 最高裁 調査官時代 ■ 1991~95年

○ ロッキード事件(丸紅ルート)、丸紅元会長の故・桧山広被告人の上告を棄却し、実刑を確定させた件では、最高裁判事を陰でサポートする調査に関わったという。

 

■ 東京地裁 判事時代 ■ 1995~98年

○ 1997年4月、「東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件」の被告人に死刑判決を言い渡したときは、右陪席を務めていた。

 

■ 東京地裁 部総括判事時代 ■ 1998~2005年

 
<2002年~>

○ 1994年頃から6年間にかけ、自治労の関連会社「ユー・ビー・シー」(UBC)で起きた不正経理事件で、約8000万円の業務上横領にかかわった同社部長に執行猶予付き懲役3年。同社係長に執行猶予付き懲役2年6月。共犯とされた元公認会計士と元税理士にも、それぞれ執行猶予付き有罪。
 本件発覚を恐れたUBC側を恐喝し、約4300万円を脅し取った同社の元会社役員については懲役2年6月の実刑。
 

 
<2002年>
○ 女優の松たか子のアルバム中にある1曲が、自分たちが作詞作曲した曲に似ていることを不満だとして、松たか子CD制作会社の社長名で「店頭回収のお願い」と題する偽の文書を作り、都内のCD販売店などにファクスで送信し、偽計業務妨害の容疑で起訴された男女2人組に、執行猶予つきの有罪判決。

 
 
<2003年>
○ 破たんした旧東京相和銀行(現東京スター銀行)の見せ金増資事件で、電磁的公正証書原本不実記録、同供用罪に問われた元会長ら旧経営陣5人全員に、執行猶予つきの有罪。
 「経済の減速傾向の中で、銀行の存続を図り、再建に望みをつなげたいという心情に酌むべきところもある」などと執行猶予の理由を述べた。

○ コンサルタント会社「業際都市開発研究所(業際研)」による口利き事件。当時の茨城県石岡市長が、約9億円の水道関連設備工事の入札で、予定価格を日立製作所に漏らし、落札させ、市長が業際研代表から200万円を受け取るという加重収賄・競売入札妨害事件。
 市長や日立の下請け会社を含めて、起訴された関係者全員に執行猶予つき有罪判決。市長については、「反省の態度を示しており、一度はわいろを断ったことなどから、積極的に収受したとはいえない」と、執行猶予の理由を述べた。

 
<2004年>
○ オウム真理教元教祖に死刑判決。「救済の名の下に日本国を支配して、自らその王となることを空想したもので、犯行の動機・目的はあさましく愚かしい限りというほかなく、極限とも言うべき非難に値する」等と理由を述べた。

○ 東京、千葉、埼玉の3都県で、宅配便業者を装って家へ押し入ったり、通行中の女性を無理やり車に乗せたりする手口で、計12人の女性に暴行を加え、現金計約140万円を奪った強盗強姦などの罪に問われた男に、無期懲役の判決

 
<2005年>
○ 東京港でフリールポライターの染谷悟さん(当時38歳)の遺体が見つかった事件。彼に雑誌記事中で「復讐請負人」だと名指しされた男が、殺人などの罪に問われ、その被告人に懲役16年を言い渡す。「自らの社会的地位を脅かす者を力ずくで排除するという、短絡的で自己中心的な犯行」として。
 また、共犯者の元潜水士にも懲役14年

○ 「よど号」ハイジャック事件(1977年)の犯行グループメンバーと北朝鮮で結婚した妻が、のちに外務大臣から「日本の利益や公安を害する恐れがある」としてパスポート返納を求められたのに応じず、旅券法違反の罪に問われた件。執行猶予つきの懲役1年6か月を言い渡す。
 「テロを支援する恐れがあるとして返納命令を受けながら、長期間旅券を返納しなかった刑事責任は重い」として。
 被告人は、拉致被害者の有本恵子さんの教育係だったとされている。

○ 俳優の萩原健一が、暴力団や国税局、警視庁の名前を出し、途中降板した映画のプロデューサーに出演料1050万円を要求する脅迫電話をかけ、恐喝未遂の罪に問われた件で、執行猶予付き懲役1年6か月を言い渡す。
 「暴力団の力を借りて危害を加えると脅していることから、罪の成立は明らか」とした。

○ 以前勤めていた居酒屋に合鍵で侵入し、18歳のアルバイト店員の男性を包丁で刺して殺害し、売上金15万円を奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた25歳の元店員に、無期懲役判決
 
○ マンションなどのエレベーターに一緒に乗り込み、脅して屋上に連れ出すなどの手口で、当時10~17歳の少女5人に乱暴するなどした強姦致傷事件で、23歳の男に懲役17年の判決。「自分よりかよわい少女ばかりを狙い、卑劣極まりない」と。
 
○ 5月のGW中に宮城県から東京へ遊びに来た19歳の女性に声をかけて金銭を要求するが、断られたので殺害した24歳の男に、無期懲役の判決。「あまりに身勝手で愚かしい限り」と理由を述べた。

 

 
■ 東京高裁 部総括判事時代 ■ 2011年~

<2011年>
○ 大学キャンパス内で、元交際相手の女性を包丁で刺して重傷を負わせ、殺人未遂の罪に問われた21歳の男に対し、甲府地裁で言い渡された懲役3年の判決を支持。

○ メキシコから覚せい剤6キロを密輸した罪に問われたメキシコ人の男について、「荷物の中に覚せい剤が入っていたとは認識していなかった」として、裁判員裁判で無罪判決が言い渡されたが、日本に来る前後で、現地の主犯格からパソコンなどを受け取り、連絡を取り合っていたと認定。「原審は事実誤認がある。被告人には密輸の故意があった」とした。
 逆転有罪で懲役12年、罰金600万円。裁判員裁判で出された無罪判決が高裁で破棄されるのは過去2例目。

 
<2012年>
○ 朝鮮総連中央本部の土地・建物や、現金4億8400万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元公安調査庁長官(緒方重威)と元不動産会社社長に言い渡された執行猶予つき有罪判決を支持。

○ 交際相手の遺体を長野県の別荘地に埋めた男(48歳)に対し、長野地裁上田支部が言い渡した、懲役2年の実刑(殺人の点は嫌疑不十分で不起訴)を支持。「都内から遺体を運び、簡単に発見されないよう購入したスコップで土をかぶせるなど計画性が認められ、量刑が重すぎるとは言えない」とした。

○ 東急田園都市線内での痴漢の容疑がかけられた40代男性に対し、横浜地裁川崎支部が言い渡した有罪判決を破棄。「被告人は当時、酒に酔っていたうえ疲労しており、ふらついた男性の手などが女性に触れた可能性がある。意識的に痴漢を行ったとするには合理的な疑いがある」「女性が被害を誤解したおそれがある」として、逆転の無罪判決

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