メールマガジン【ナマの犯罪法廷! 人生と世の中を “感じて” “考える” 裁判傍聴録】のお知らせ
ようやく翌朝から日雇いの仕事にありつけることになり、
気分を新たに、10日ぶりに着替えようと……
深夜にコンビニでトランクスを万引きして、店員に見つかり現行犯逮捕されてしまったホームレスの男。
間もなくの結審を控えた最終陳述で、実刑の覚悟ができたのか、
「青森の刑務所は寒くて死にそうだったので、今度は沖縄の刑務所に入りたいです」
……と、裁判官に向かって言いはなった暴行容疑の被告人。
窃盗の罪で前科10犯の被告人を、もはやフォローのしようがなかったのか、
「被告人は過去に、出版社主催の俳句コンクールで1位をとった経験もあり、みずみずしい感性の持ち主です」
……と、法廷で入選作を一句詠ませた弁護人。
10年近くにわたって、業務上の無免許運転を行ってきた被告人を、どうにかかばおうとする親心のあまり、
「免許は無いけれども、息子の運転技術に問題はない」「会社の商品の受注が多く、その配送のための無免許運転は、緊急避難のようなもの」
……などと、的外れな援護をしてしまった、情状証人の父親。
【 究極の人間ウォッチング 】といわれる裁判傍聴。
裁判所を訪れる傍聴希望者の数は、数年前よりも格段に増えています。
平日の昼間、あなたの日常生活の裏側で、「処罰の決断」が、全国各地で人知れず繰り広げられているのです。 国民のおだやかで楽しい毎日を守るために。
法廷は、法律という脚本、証拠という小道具、謝罪や反省というセリフが、あらかじめ用意されたドラマ・舞台だという見方もできます。
しかし、有罪か無罪か?
実刑か執行猶予か?
死刑か無期か?
……そうした極限の状況下で、被告人が思いがけない渾身の主張を行うかもしれません。
■ 裁判は「非日常」であると同時に、「日常」でもある
裁判傍聴の記録というと、
「被告人が、いかに自業自得の“怠け者”で“愚か者”の人生を送ってきたか」などについて、傍聴人による自由な想像なども交えて伝えてしまいがちです。
しかし、私は、法廷の“傍観者”であると同時に、法廷でのやりとりから得られた情報を分析する“責任者”であろうと心がけています。
なぜなら、「法廷の内側」で語られている話は、まぎれもなく、私たちの住んでいる「法廷の外側」、現実の世界で起こった出来事だからです。
ですから、法廷の「内側」と「外側」とを、安易に切り離すことなんてできません。
どんなに恵まれた暮らしをしていたって、なにかの拍子に、法廷の柵の向こう側で裁かれる可能性があるのます。
交通事故の加害者となってしまい、自動車運転過失致死傷の被告人として、証言台に立つかもしれません。
酔いつぶれていて声をかけてきた警官を殴ってしまって、公務執行妨害で追及されることもありえます。
満員電車で女性からチカンに間違われたものの、いずれ疑いは晴れるだろうと鷹揚に構えていたら、いきなり起訴状が届いてビックリさせられるかもしれません。
刑事裁判を立て続けに傍聴すると、身体の芯からドッと疲れてきます。 ただ観覧しているだけでなく、裁判のオブザーバーとして参加している感覚があるからです。
傍聴人の「参加」の仕方は、いろいろあるでしょう。
被告人の「心の闇」を一方的に想像してみたり、法廷の登場人物の言動に、心の中でツッコミを入れてみたり、あるいは判決予想をして「当たった」とか「軽すぎる」などと一喜一憂してみたり、
もっとも、そういったヤジウマ根性があったって、心の中に留めておく限り、ご自由にやってれば結構なのですが、
私の場合は、法廷で出てくる断片的な話をもとに、犯行状況を頭の中で再現し、それを現実として心の中でしっかり受け入れる、といった参加の仕方です。
■ 現代社会の中に「染みこむ」裁判
裁判傍聴録そのものが珍しがられていた時代は、もう終わりに近づきつつあります。
たしかに、裁判の公開は日本国憲法82条で保障されたタテマエです。
それでも裁判傍聴なんて、社会勉強が目的ならともかく、「趣味」や「暇つぶし」なんぞでやるとしたら、極めて悪趣味な行為であると、私は確信しています。
何者かの犯行によって、はらわたをかき回されるかのような苦しみに押しつぶされそうになっている被害者・遺族が実在しているのです。
にもかかわらず、事件と何の関係もない人間によって、まるで評価・吟味でもするかのような感覚で見物されれば、関係者は二次的・三次的な精神的苦痛を味わわされることになるといっても、決して過言ではありません。
よって私は、傍聴席で直に見聞きした情報を、法律関連知識も絡めながら、なんとかして社会全体に還元・フィードバックすべきだ、いや、しなければならないという使命感にさいなまれています。
うまく申し上げられませんが、そうでなければ、今に天罰がくだるのではないかと感じているからです。
私は、検察官が立証し、弁護人が反論し、情状証人がフォローし、被告人によって身を削るように語られた、法廷の中での話を、法廷の外の暮らしで活かすことはできないだろうか……と考え始めました。
法律を破りたくて破って法廷に来ている人は、そう多くありません。
これまでに犯罪歴のない、自分と似た性格を持っていたり、同じような境遇をたどってきた人が、なぜ犯罪なんかに手を染めたのだろうか。
仕事を失い、住む家もなく、支えてくれる家族や友人もいない人間が、どれだけ社会的に弱い存在か。 なんとか手助けできないのか。
かといって、彼らの生活の面倒を見るだけの度胸も知恵もないだけに、私はますます自己嫌悪に陥るわけですが。
……傍聴しながら、だんだん気が滅入ってくると同時に、被告人や法律家の発言などから、思いがけず「生きるヒント」をもらえることもあります。
間違いを犯してしまった被告人を取り巻く人間関係から、家族・職場というものの厳しさや温かさなどが、浮き彫りになってくる場面もあります。
犯罪手口の供述から、私たちが犯罪被害者とならないために、何をどう気をつければいいか、心得ておくことができます。
人間という存在の“どうしようもなさ”を痛感するとき、
世の中の救いに気づかされるとき、
社会システムの矛盾点が違った角度から見えてくるとき、
私は裁判傍聴に、かえって大いなる醍醐味や魅力を感じるのです。
もちろん、法廷で出てくる話の中で、ある犯罪行為を取り巻く全ての事情、背景が明かされるとは思っていません。
それでも、様々な刑事裁判を集積、総合することにより、時代が抱える問題点が透けて見えてくるかもしれない、と考えています。
大手メディアが伝え忘れた、小さな事件の一部始終をできるだけ拾い集めて、少しでも社会に還元していくために、
それに、私の知らないところで、注目に値する裁判が行われているんじゃないかと想像するだけで、悔しい思いが湧きあがってくるがために、
また今日も、裁判所の入口に足を踏み入れ、傍聴席のイスに腰かけ続けます。
この裁判傍聴の記録は、以下のような皆さんにお勧めします。
>>> テレビや本だけでは伝わってこない、現実の“裏側”の動きについて知りたい、好奇心の強い方へ。
>>> 重大刑事裁判につき、裁判員制度が始まるにあたって、犯罪と刑罰の関わりについて考えたい方へ。
>>> 仕事の関係で、裁判傍聴にはなかなか行けないけれども、記録を読みこむことで、傍聴の疑似体験をしたい方へ。
>>> すでに裁判傍聴を精力的に行っているけれども、ほかの裁判所での法廷で何が起こっているかも気になる方へ。
>>> 証人尋問や被告人質問の組み立てを、実践的に学習したい法律家の卵へ。
>>> 小説や脚本などの筋書きをつくる際のヒントに
また、裁判傍聴を始めたばかりの方のため、スムーズに傍聴できるコツやヒントをお伝えする予定もございます。
法廷は、被告人の人生の汚点であるだけなのか?
ターニングポイントにはなれないのか?
現代社会の1ページを切り取り、刑事裁判の空気が感じられる資料・読み物として、この裁判傍聴録をご愛顧くだされば幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
(※ なお、今月末日までの配信分は、特別に無料でお読みいただけます)
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