2008年1月 8日 (火)

福岡3児死亡 飲酒ひき逃げ事故 判決公判

104 

 あけましておめでとうございます。

 午前9時10分。 福岡地裁の構内は、えらい人ごみに。 68席の傍聴席を求めて、500人以上が群がっていました。

 その群れのなかに、福岡の実家に帰ったついでで来た私自身もいたわけですから、他人事みたいに書いている場合ではありませんが。

 空を見上げれば、地元新聞社のヘリが旋回しています。 注目度はハンパじゃありませんね。

 

 えーと、抽選の結果ですが…… 相変わらずのクジ運でした。 今年も幸先が良いようですね。

 話題の裁判を傍聴しようとして、いちおう「メジャーに挑戦」してみたつもりだったのですが、私にはやっぱり、小さな裁判がお似合いのようです。 メジャー入りできた皆さん、おめでとうございました。

 

 世論やマスコミから叩かれたくない、むしろ拍手喝采を得ようと狙って、裁判所が厳罰を科すようなことはあっちゃいけません。 そんな「民主的」裁判で構わないのなら、私にだってできますから。

 したがいまして、世論の動きに惑わされず、とことん法律の条文を見つめつづけた川口宰護裁判長ほか3名の裁判官の態度は、「司法の独立」を具現化したものとして、その点で評価いたします。

 
 

◆ 刑法 第208条の2(危険運転致死傷)
1 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。 (※以下略)

◆ 刑法 第12条(懲役)
1 懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする。

 
 

 この刑法208条の2 第1項が問題です。 適用されれば、道路交通法上の救護義務違反(最高で[当時]懲役5年)と併合させることによって、最高で懲役25年まで科すことができます。

 
 

◆ 刑法 第47条(有期の懲役及び禁錮の加重)
 併合罪のうちの2個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。

 
 

 酒気帯び運転(最高で[当時]懲役2年)も併合させたら、懲役27年まで科せたんじゃないのかなぁーと一瞬思ったのですが、そしたら、危険運転致死傷罪とで、飲酒の事実を二重に評価することになってしまいますね……。 やっぱり最高は25年のようです。

 そんなことだから、司法試……(以下略)

 さて、おおもとに戻りますが、208条の2には「アルコール(又は薬物)の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって」「人を死亡させた」と書いてありますね。

 この表現は、同じ交通死亡事故でも、「酒気帯び運転」「酒酔い運転」(ひっくるめて飲酒運転)の場合と、「危険運転」の場合とを、明確に分けていることを示しています。

 ポイントは「正常な運転が困難な状態で」という文言です。 ここが危険運転致死傷罪のカナメであり、かつ、現実の適用を難しくしている箇所といえます。

 もっと言えば、「危険な飲酒運転」と「危険でない飲酒運転」というふうに、複数の段階があることを認めた条文なのです。

 「酒を飲むことと、酒に酔うことは別だ」と言わんばかりに見えますが、「酒に酔ったことと、正常な運転が困難かどうか」ということすら別だというわけです。

 標語では「飲んだら乗るな 乗るなら飲むな」と言っているくせに、法が「正常な運転が困難でない飲酒運転」というレベルの存在を認めるのは、ひょっとしたら、一種の矛盾かもしれません。

 酒に強い弱いといった体質には個人差がありますから、「正常な運転が困難な状態」だったかどうかは、必ずしも事前の飲酒量だけでは計れませんし、まして現場から逃げられて水などガブ飲みされたら、ますます立証は難しくなるのです。

 酔っぱらいが「ダイジョーブダイジョーブ」と言い放つのは、一種の口グセみたいなもんですから、何をもって大丈夫とするのか、客観的な線引きが求められます。 当然、線引きは難しいところです。

  

 まず、酒に強かろうが弱かろうが、「呼気中アルコール濃度0.15mg/l」という境界線をもって、それ以上を「酒気帯び運転」として取り締まっています。

 さらに、数値的な境界線は置いておいて、「正常な運転ができないおそれがある状態」といえれば、「酒酔い運転」として、さらに厳しく取り締まることになっているんです。 このへんの判断は、取り締まりにあたった警察官の主観によるといわれます。

 それじゃあ、「正常な運転が困難な状態」といえば、もっとひどい段階のはずですよね。 つまり、酒酔い運転レベルの状態で事故を起こしても、危険運転致死傷が適用されない可能性が残るということです。 

 だって、文言上、正常な運転が「できないおそれがある状態」と「困難な状態」ですから、この両者を比べたら、危険運転は酒酔い運転の親玉だと読み取るのが自然ではないでしょうか。

 事故を起こして相手に危害を加えたかどうかという結果を差し引いたとしても、酒酔い運転罪と危険運転致死傷罪の法定刑には大きな開きがあります。

 そのため、刑罰法規全体のバランスを考えたとき、裁判所は、正常な運転ができない可能性(「おそれ」)以上のもの、すなわち事故に至るまでの “現実としての” 運転困難性を求めたのでしょう。

 もちろん、飲酒運転を3段階に区別する必要がどこまであるのか、やっぱり「飲酒運転イコール危険運転」にしておくべきじゃないのか、よくよく考え直す必要はあります。

 また、危険運転には飲酒だけでなく「高速走行」のパターンもありますが、条文の要求は、やはり「その進行を制御することが困難な高速度で」となってます。 いずれにせよ結局は、現実的な運転の困難さを立証しなければならないとみられる、とても面倒な犯罪類型なのです。

 

 危険運転致死罪の適用に関して、酒酔い運転を上回るレベルを想定しなければならなかった本件の裁判官3名は、苦渋の決断を強いられたに違いありません。

 裁判官すら、条文の構成そのものに違和感を抱かれたのではないでしょうか。 むしろ気の毒な思いです。

 今日の判決は控訴審や上告審で破棄されるかもしれませんが、決して一審の裁判官が、人情や心の機微を知らぬ冷血動物だというわけじゃない、ということを太字で記しておきます。

 司法は今日もまた、法治国家の限界に直面したのです。

 良くも悪くも、法律は人間による産物。 批判されるべきは、刑法改正にあたった国会議員や内閣法制局のほうです。

 そういえば、危険運転致死傷罪で起訴された刑事事件は、来年以降、一般から裁判員が招集されるようになりますね。 一体どうなることやら……。

 なお、現行法では、自動車運転過失致死傷罪が最高で懲役7年、救護義務違反(ひき逃げ)が同10年、酒気帯び運転が同3年(酒酔い運転が同5年)と改正されています。 よって、本件と同じケースを現在起こせば、最高で懲役15年が科されるようになっていますので念のため。

 

 あんまり交通法規を厳罰化すると、クルマを運転する人がいなくなってしまうと懸念する人がいるようですが、結構なことじゃないですか。

 この国には今、クルマが多すぎるんです。 特に公共交通機関が発達した都市部では、どうしても必要な人だけ運転すればいいでしょう。 それでも遊びでクルマを走らせたいなら、それなりの覚悟が求められる時代になったってコトです。

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2007年2月16日 (金)

法の番人、おさえきれない義憤

 面白かったですよ!

 ただいま公開中の映画「バブルへGO! ―― タイムマシンはドラム式」を観てきました。

 先月「それでもボクはやってない」を観に行ったときに、予告編を目にしまして、ずっと気になっていたのです。

 バブル絶頂の時代、私は中学生で、しかも九州の熊本平野に生息していたもので、大都市圏での大騒ぎについては実感がまるでありゃしないのです。 それで、物語の中で描かれていた「バブル」の、どこまでが本当で、どこまでがツッコミどころなのか、いまいち掴みきれませんでした。

 それでも、すごく気持ちよく楽しめましたよ。 こういう世界観は好きだなぁと思いながら、エンドロールを眺めていると…… 君塚良一脚本作品でした。 納得。

 登場人物がひとりも死ななくても、十分にドラマチックな展開は創れるのだ、ということがわかりましたね。 その点は「それでもボクはやってない」と通じるものがあります。

 ちょっと精神的に疲れぎみで、重たい作品はやめとこうかな、という日にはオススメです。「バブルへGO!」

 ……ということは、私はアノ日、疲れてたのか?

 ま、なんだかんだいって、広末涼子はカワイイ。 それが結論ですよ。

 さすが、常人には味わえない類の修羅場の数々をくぐりぬけてきただけのことはありますね。 クレアラシルのCMに出てたころとは、彼女から放たれる輝きが違う気がします。 ところどころサービスカットもありましたし。

 今年は映画を観に行くのもそうですが、もっと有料のエンターテインメントを、ケチらず身銭を切って、純粋に楽しみたいものです。 上京して2年半になりますが、まだ、お笑いライブにも岡本太郎美術館にも行けてないので、そういった楽しみに時間を割く余裕をつくれるよう、励んでまいります。

 ネットでのB級ニュース収集とか、裁判傍聴とか、とりとめのないトークとか、本屋での立ち読みとか、そういった0円娯楽もいいけども、最近、なにが面白くて、なにがつまらないのか、ちょっとだけ迷いが生じはじめてますので、世の中に散らばる「楽しさのシャワー」を、より積極的に浴びていこうと決めました。今。

 

>>> 判事 腹立てながら「有罪」 高齢被爆者詐欺公判

 「20年以上判決文を読んでいるが、これだけ腹を立てながら判決文を読むことはめったにない」‐。6日、高齢の被爆者の女性から現金などをだまし取ったとして詐欺と窃盗の罪に問われた長崎市の無職の男(37)に対する判決公判で、長崎地裁の林秀文裁判官が感情もあらわに、男の行為を指弾した。
 判決によると男は、昨年8月、介護士と称して市内の80代女性宅を訪れ「被爆者の医療手当がもっともらえる。手続きに費用が必要」などとうそをつきキャッシュカードをだまし取り、口座から2回にわたり現金計約20万円を引き出した。判決は懲役1年、執行猶予4年(求刑懲役1年)。
 林裁判官は「高齢で被爆者。本来助けないといけない人を食い物にした犯行で極めて悪質」と判決を言い渡し、「裁判官が非常に腹を立てていたことをゆめゆめ忘れないように」と付け加えた。
=2007/02/07付 西日本新聞朝刊= 

 

 去る2月14日はバレンタインデーでした。 そう。世の女性たちが、気になる殿方に熱い想いを伝えるため、きれいにラッピングされた全裁判官経歴総覧をプレゼントする日です。

 しかし、私には案の定「本命総覧」も「義理総覧」ももらえませんでしたので、裁判傍聴の帰りに日比谷図書館まで寄って、林判事の情報をチェックしてまいりました。

 モテるライターなら、家の本棚から全裁判官経歴総覧を引っ張りだして簡単に調べられることなのですが、その点、箸にも棒にもかからんような、しょーもない野郎の場合、よけいな手間を強いられるわけです。 つらいです。

 

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■ 長崎地裁 部総括判事 林 秀文裁判官

 はやし・ひでふみ

 1953年7月14日生まれ(満53歳)

 佐賀県出身 京都大学卒

1979.4(25歳) 高松地裁 判事補
1982.4(28歳) 熊本地家裁 判事補
1985.4(31歳) 東京地裁 判事補
1988.4(34歳) 福岡地家裁 判事補
1989.4(35歳) 同 判事に昇進
1991.4(37歳) 函館地家裁 判事
1994.4(40歳) 福岡高裁 職務代行判事
1996.4(42歳) 福岡高裁 判事
1997.4(43歳) 那覇地家裁 部総括判事
2000.4(46歳) 福岡地裁 部総括判事

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 佐賀出身の九州男児で、しかもバブル時代には福岡に赴任されていたようですね。 ふるさとの九州を中心にまわっておられることから、裁判官の中でも幸せな境遇にいる方といえるかもしれません。

 そして、長崎市という土地柄、「被爆者」というデリケートな存在をねらった犯行ということで、林判事のお怒りも理解できます。

 ただ、それでも執行猶予が出されてるんですよね。 詐欺事犯としては少ない20万円という被害額がネックだったのでしょうか。

 ネットでさらに調べてみたんですが、どうやら被告人には同種の余罪があった模様ですし、しかも現場は大浦署の管轄ですから、まさに爆心地付近ですよ。

 どうやら、裁判官というのは、執行猶予など軽めの主文を言いわたすときほど、強烈な言葉を使って被告人を叱りつけがちのようです。

 世間から「甘い」と批判されそうな結論について、少しでも穴埋めしうる説諭をして、なんとか処罰感情にこたえておきたい、という気持ちの表れなのでしょうか。

 じつは近々出る予定のデビュー作「裁判官語録(仮)」の中でも同じようなことを書いたんですけど……。 ここでネタばらししてどうする。

 ちなみに林判事は、その翌日、別の判決公判でも、判決理由らしからぬ印象的な言及をなさってます。 妊娠中の女性ら4人と胎児(※事故から1週間後に死亡)に重軽傷を負わせたという交通事故の刑事裁判です。
 

 林裁判官は「事故当時に胎児だった男児が出生後に死亡した場合も業務上過失致死が成立する」と認定。「男児は出生後ほどなく死亡し、母親から抱かれることは一度もなかった」と指摘し、「末永く冥福を祈るように」と説諭した。(2007/02/07 長崎新聞)

 

 なるほど。 林判事にとって、何かひとこと付け加えたくなる時期だったのでしょうか。 バイオリズム的に。

 

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 脊椎動物や節足動物は、皆さんもご存知でしょう。

 この世には「緩歩動物」というのもいるのです。そのジャンルに唯一分類されているのが、「地球上最強」「キング・オブ・へんないきもの」の称号を持つ微生物、クマムシくん。

 霊長類ヒト科最強といえば、マーク・ケアーですが(懐)、クマムシは、彼に踏みつぶされようとも、靴の裏のわずかな隙間に入りこんで回避するでしょう。 なにしろ体長は50ミクロンから1ミリ程度ですから。 アリンコよりも小さい。

 それどころか、「タン」と呼ばれる防御モードにトランスフォームすれば、マイナス272 ℃の超低温から 151 ℃の高温まで耐えぬき、真空状態すら切り抜けます。 カッコイイ!! そんな環境下では、さすがのビックリ人間 ケアーも、ひとたまりもありません。

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2006年5月 4日 (木)

定期点検で危険性を見ぬけたはず → 敗訴 → そんなら点検しねぇよ

>>>「奥入瀬落木訴訟への影響懸念」 林野庁、安全点検に不参加
 青森県十和田市の奥入瀬渓流で2003年8月に起きた落木事故をめぐって、4月7日に出た東京地裁判決を受け、林野庁が急きょ安全点検パトロールへの参加を見送った。同庁が毎年点検に参加していたことをとらえ「危険性を認識していた」との地裁判断に対し、裁判闘争を重視した対応とみられている。関係者からは「本末転倒」「大人げない」との声が上がっている。
 (※中略)落木被害に遭った女性(41)の弁護を担当した御器谷修弁護士は「林野庁の対応は非常識で許せない。国民の安全を第一に考える視点が欠落している。次に被害者が出たら、どう責任をとるのだろう」と憤っている。(河北新報) - 5月1日

((参考過去ログ))
注目の判決スケジュール 【4月第2週】

 

 「もっと努力していれば、制限時間内に答えられたはず」

  ↓

 [不合格]

  ↓

 「もう2度とやるか! 試験と名のつくものは一生受けん!」

 

 林野庁の態度は、まるで司法試験に7回失敗して、ヤケを起こしたときの私みたいです。 オトナげないですね。

 

 青森・秋田・岩手の3県にまたがる「十和田八幡平」国立公園。 その中でも「奥入瀬(おいらせ)渓流」は、年間50万人が訪れる人気の観光スポットとして知られます。 そのような大切な観光資源について“安全点検パトロール”が実施されるのは、冬は積雪のため通行禁止ということもあってか、毎年、この大型連休直前の時期なのだそうです。
 

参加メンバーは、

  • 林野庁の森林管理署
  • 環境省
  • 青森県
  • 十和田市の教育委員会
     

 どうして、各方面からお役人が集結してくるのか。 その原因は、責任関係の複雑さにあるようですね。
 

  •  奥入瀬渓流周辺  … 林野庁の所有
  •  うち遊歩道部分  … 青森県が林野庁から借り受け
  •  うち特別保護地区 … 環境省
  •  うち重要文化財や天然記念物 … 地元の教育委員会

 

 なので、行政機関が一堂に会する年1度のパトロールは、公園に関する各方面の情報を共有する上で重要な機会だといえます。

 かといって、これらの保護地域について、法律は何と言っているかというと、国民に向けて「いじるな触るな近寄るな」の一辺倒なんですよね。
 管理者による実地調査というのも「ちゃんと形状が維持されているかどうか」をみる目的でして、安全性の点検については、法律で義務づけられているわけではないようです。 少なくとも私は、そういった規定を見つけることはできませんでした。
 

 この自主的な合同パトロール、今年は4月26日に行われることが決まっていたようなのです。 しかし、先の国家賠償訴訟での、1億4000万円支払い命令を受けて、林野庁がいきなりの「ドタキャン」。

 仕方なく、当日に残りのメンバーで点検したわけですが、人通りの多い遊歩道の周辺に限っただけでも、倒木や落枝が13カ所で確認されたそうです。 中には、根元から折れ、道をふさいでいる倒木も。

 どう見たって不可欠ですよ、この安全点検は。 しっかりやってもらわないと困ります。
 

 いつもは、林野庁の指示に従って、青森県の職員が協力して倒木などを撤去するのですが、林野庁不在の今年は、自分たちの判断で、自力で動かせるものをすでに撤去してしまったのだそう。
 また、青森県は、毎年5月の中旬から下旬にかけても、独自に「危険木調査」を行っているそうで、その姿勢には敬意を表します。 県は「危険木調査には、ぜひ林野庁にも同行してほしい」とコメントしているそうです。

 「今度こそ来いよ、待ってるぞ」と。 まるで、最高裁のアノ弁論期日を見ているようです。 彼らが訴訟戦略(のつもり)で姿を現さなかったところも似てますし。

 林野庁の担当者さん、あの判決で、東京地裁は「安全性を点検するな」と言ったわけではないんですよ。 「もっとしっかり点検してくれ」「点検結果を尊重してくれ」と行政にお願いしたのです。

 まぁ、そんなことは知ったうえでドタキャンしたんでしょうけど。

 

 そういえば、東京都心の「都立 林試の森公園」をめぐる行政訴訟で、7月に最高裁弁論が行われるそうです。 この「林試」とは、何を隠そう、林野庁の林業試験場の略。

 かつて、この林試の森公園の敷地を拡張する計画が持ち上がったそうなのです。 それは結構なのですが、官舎のある周辺の国有地は見て見ぬフリしておきながら、先に民有地に立ち退きを求めてきたということで、怒った住民が司法に訴えました。 上告審の弁論があるということは、住民側の逆転勝訴の可能性も高まります。

 ザ・林野庁…… なかなか人騒がせな存在みたいですね。覚えておきます。

 

◆ 自然公園法 第14条(特別保護地区)
1 環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基づいて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる。
3 特別保護地区内においては、次の各号に掲げる行為は、国立公園にあつては環境大臣の、国定公園にあつては都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない。(※中略)
  一  前条第3項第1号から第6号まで、第8号、第9号、第12号及び第13号に掲げる行為(※工作物の新設や増築、木竹の伐採、鉱物の掘採、川や湖の水位改変や排水、広告物の設置、埋め立てや干拓、土地の開墾、設備の色彩変更、指定区域内の立ち入り)
  二  木竹を損傷すること。
  三  木竹を植栽すること。
  四  家畜を放牧すること。
  五  屋外において物を集積し、又は貯蔵すること。
  六  火入れ又はたき火をすること。
  七  木竹以外の植物を採取し、若しくは損傷し、又は落葉若しくは落枝を採取すること。
  八  動物を捕獲し、若しくは殺傷し、又は動物の卵を採取し、若しくは損傷すること。
  九  道路及び広場以外の地域内において車馬若しくは動力船を使用し、又は航空機を着陸させること。
  十  前各号に掲げるもののほか、特別保護地区における景観の維持に影響を及ぼすおそれがある行為で政令で定めるもの

◆ 自然公園法 第50条(実地調査)
1  環境大臣は国立公園若しくは国定公園の指定、公園計画の決定若しくは公園事業の執行又は国立公園の公園事業の決定に関し、(※中略)実地調査のため必要があるときは、それぞれ当該職員をして、他人の土地に立ち入らせ、標識を設置させ、測量させ、又は実地調査の障害となる木竹若しくは垣、さく等を伐採させ、若しくは除去させることができる。ただし、道路法 その他他の法律に実地調査に関する規定があるときは、当該規定の定めるところによる。

◆ 文化財保護法 第55条(保存のための調査)
 文化庁長官は、次の各号の一に該当する場合において、前条の報告によつてもなお重要文化財に関する状況を確認することができず、かつ、その確認のため他に方法がないと認めるときは、調査に当たる者を定め、その所在する場所に立ち入つてその現状又は管理、修理若しくは環境保全の状況につき実地調査をさせることができる。

  1.重要文化財に関し現状の変更又は保存に影響を及ぼす行為につき許可の申請があつたとき。
  2.重要文化財がき損しているとき又はその現状若しくは所在の場所につき変更があつたとき。
  3.重要文化財が滅失し、き損し、又は盗み取られる虞のあるとき。
  4.特別の事情によりあらためて国宝又は重要文化財としての価値を鑑査する必要があるとき。

◆ 文化財保護法 第131条(保存のための調査)
 文化庁長官は、次の各号のいずれかに該当する場合において、前条の報告によつてもなお史跡名勝天然記念物に関する状況を確認することができず、かつ、その確認のため他に方法がないと認めるときは、調査に当たる者を定め、その所在する土地又はその隣接地に立ち入つてその現状又は管理、復旧若しくは環境保全の状況につき実地調査及び土地の発掘、障害物の除却その他調査のため必要な措置をさせることができる。ただし、当該土地の所有者、占有者その他の関係者に対し、著しい損害を及ぼすおそれのある措置は、させてはならない。
  1.史跡名勝天然記念物に関する現状変更又は保存に影響を及ぼす行為の許可の申請があつたとき。
  2.史跡名勝天然記念物がき損し、又は衰亡しているとき。
  3.史跡名勝天然記念物が滅失し、き損し、衰亡し、又は盗み取られるおそれのあるとき。
  4.特別の事情によりあらためて特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物としての価値を調査する必要があるとき。

◆ 文化財保護法 第184条(都道府県又は市の教育委員会が処理する事務)
 次に掲げる文化庁長官の権限に属する事務の全部又は一部は、政令で定めるところにより、都道府県又は市の教育委員会が行うこととすることができる。
  5.第54条(第86条及び第172条第5項で準用する場合を含む。)、第55条、第130条(第172条第5項で準用する場合を含む。)又は第131条の規定による調査又は調査のため必要な措置の施行

 

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 だとすれば、教科書に書かれた情報を暗記したり、暗記したことを素早く出力する練習をこなすだけでは、態度として不充分です。隠れたトラップを分析し、そのトラップ群をつまづかずにクリアするための作戦を練って、その作戦を制限時間内に遂行する訓練まで、すべて受験勉強に含まれます。

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2006年3月30日 (木)

割りばし事故 【医師無罪】を、ちょびっと分析

 「政治とカネ」で話題になった、“1億円献金隠し”をめぐる村岡兼造氏の裁判。 私、無罪判決が出る瞬間を、今日初めてナマで見ちゃいました。 傍聴席から「ウワッ」と歓声がわいたり、報道記者がドタバタ出ていったり。 ちょっと興奮しました。

 村岡さんは、2時間半以上にわたる判決理由の読み上げを聞きながら、顔を真っ赤にして男泣きしておられましたし、川口裁判長は「これからどうなるかわかりませんが、今晩ぐらいは桜を眺めて楽しまれてはいかがでしょうか」という言葉で、判決言い渡しを締めくくりました。 ひじ杖をついたり、顔にシワを寄せたりといった検察官の悔しそうな表情も印象的でしたね。 

 判決の中では、「瀧川証言は信用できない」「渡辺証言は信用できない」と延々と繰り返され、このような虚偽証言の理由を「派閥会長である橋本龍太郎氏に、刑事責任が及ぶのを避けるため」とハッキリぶっちゃけちゃいました。 ここまでケチョンケチョンに言われても控訴はあるんでしょうかね。

 こうなったら、橋本さんを起訴してみます? ひょっとして、もう時効?

 

 近ごろ、重要な法律系ニュースが立て続けに報じられて、更新がまったく追いつかない状態です。 すみません。

 
 1999年7月10日、杉並区の盆踊り大会に参加していた男児(4つ)が転倒。持っていた綿あめの割りばしをのどに刺した。救急車で三鷹市の杏林大医学部付属病院に運ばれる間も、嘔吐を繰り返し、意識レベルも低下していた。
 担当医(37)は、消炎鎮痛剤(塗り薬)をつけただけでCTスキャンなどはせず、家に帰した。 翌朝、男児の容態は急変。頭がい内損傷で死亡した。

 この男の子から、笑顔と将来を強引に奪い去ってしまった不幸な事故。 それから3年以上が経過した2002年8月、担当医師は業務上過失致死容疑で在宅起訴されることになります。 立件まで3年かかっているという事実こそ、被告人を有罪にするため、かなりの無理をしていたんじゃないかな、と思わずにはいられません。

 そして、おとといの一審無罪判決。 出したのはなんと、今日と同じく川口政明裁判長だったのです。

 

◆ 刑法 第211条(業務上過失致死傷等)
 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。(※以下略)

 

 ここにいう『業務上』とは、

  • 社会生活上の地位に基づいて行われていること
  • 反復継続して行われていること
  • 人の生命・身体の危険にかかわること

……の3つを満たして初めてあてはまる、と考えるのが判例です。医師という資格に基づく医療行為は、当然『業務』に該当します。 そして、『人を死傷させた』という結果も生じています。

 問題は、その担当医師が『必要な注意を怠』っていたといえるか。言い換えれば、業務上過失致死罪としての『過失』があったのか? 男児の死亡という不幸な結果の責任を、その医師にかぶせるべきなのか?です。

 

◆ 刑法 第38条(故意)
1 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

 

 もともと刑事法というのは、「わざと」やったことを処罰するための決まりごとでして、「うっかり」やってしまったことを処罰するのは、むしろ例外的な位置づけなのです。
 「わざと」他人の物を壊すのは器物損壊罪ですが、「うっかり」他人の物を壊してしまった行為を処罰する規定はありません。 もちろん、民法的には、その持ち主への弁償(損害賠償)が問題になり、道徳的には謝罪をしなければならないという話にはなるでしょうけど。

 残念ながら、刑法は「過失」「うっかり」ということについて、それほど一生懸命には規定していないのです。 それこそ刑法を作った立法府の「うっかり」なのかもしれませんし、テレビもねえ、ラジオもねえ、クルマもそれほど走ってねえ文明開化の時代に、「業務上の過失ぐらいキッチリ定義しておけ」と求めるのは酷ともいえます。

 しかし現代は、危険性と引き換えに便利さや効率、有用性を求める数々の道具であふれています。 光が強くなれば、影もまた色濃くなるのが世の常。 ひとたび「うっかり」が生じたときに、計り知れないほどの被害が生じることも少なくありません。 にもかかわらず、「うっかり」の責任を誰も取らない、というのではマズい場合もあるでしょう。

 そこで、言い方が足りない「口ベタ」な刑法に代わって、裁判所や刑法学者たちが、『過失犯とは何ぞや?』を懸命に探してきたわけです。

 刑法211条『必要な注意を怠り』という言葉の意味ですが、これは「客観面(見た目)」と「主観面(気持ち)」に分けて考えることになっています。そして、主観面での「必要な注意を怠り」こそが「過失」であり、裁判所で通じる用語としての「うっかり」です。

 法律的には、過失犯というのは以下のように解剖されています。

 

<客観ジャンル(見た目)>
1.「原因となった行為」(※目に見える『必要な注意を怠り』)
2.「結果」 (※『人を死傷させた』)
3. 1と2の間にある「因果関係」 (※『よって』)

<主観ジャンル(気持ち)>
4.「過失」 (※目に見えない『必要な注意を怠り』)

 

 この事故において、1「原因となった行為」は、男の子を診察して入院もさせずに帰した事実です。2「結果」は、男の子が力尽きてしまった事実。では、その両者に 3「因果関係」はあるのか。これは立ち止まって考えてみる必要がありそうです。 ……が、いったん置いておきます。

 次に、メインである4「過失」ですが、こいつはさらに細かく分けられます。


 A.結果を予見できた可能性があったこと
 B.結果を予見する義務を怠ったこと
 C.結果を回避できた可能性があったこと
 D.結果を回避する義務を怠ったこと

 ここにいう「結果」とは、もちろん2の『人を死傷させた』結果です。

 もう…… どこまでミジン切りにしてくれるのかと、昔から刑法が苦手な私は悲しくなってくるのですが、処罰すべき人をキッチリ処罰し、処罰しちゃいけない人を決して処罰しないようにするためには仕方のないマニュアルです。

 ……それはわかってるんです。それはわかってるんですが!

 

A.死亡結果の予見可能性があった?
B.死亡結果を予見する義務を怠った?

 まず本件では、男児が転んで割りばしをのどに刺してしまったときの状況を、母親はまったく見ていなかった、という事情があったようです。 なので、割りばしが折れて、一部が体内に残っていることについて、母親も駆けつけた救急隊員も意識していなかったのです。お母さんは、気が動転して冷静でいられなかったのは理解できますけれども。

 当時、救急隊員から病院は、男児の状況について「二次救急相当」と伝えられていたとのことでした。 この「二次救急相当」とは、ただちに救命救急措置を必要とする状態ではない、という意味だそうです。

 消防署長の署名で裁判所に提出された回答書には、「意識清明 散瞳なし 対光反射あり バイタルサイン異常なし」という救急隊長の判断が書かれています。 まさか脳が致命的なダメージを受けているとは夢にも思わなかったに違いありません。

 「男児がのどを箸で突いた」との連絡を受けたのは「皮膚科の講師」だったそうで、その連絡を聞いた皮膚科講師は「のど(首)の外側表面をケガした」と解釈したらしく、形成外科の受診を手配していたといいます。 到着した救急隊が、「耳鼻科の受診」と再度申し出ることによって、耳鼻咽喉科医である被告人が呼ばれることになります。

 ほんとうに、この担当医師のみが全面的に重たい責任を負わされるべき事例なのでしょうか。 言っちゃ悪いですけれども、うちのおふくろ、わが子に外で立ち食いなんかさせませんでしたよ。 夏祭りで綿アメを食べるのもいいですけど、最低限の「行儀」を保つ意味でも、ベンチに座らせて食べさせておけば、割りばしをくわえたまま転ぶことも無かったでしょうに。

 以上のように、本件に至るまでには、さまざまな人たちが関わり、複雑に絡み合った状況があったようなのです。 にもかかわらず「詳細な問診によって割りばしが見つかっていないことの聴取を怠った」というふうに一方的に被告人を責めたててしまう、その検察官の態度ははたして妥当だったのかどうか。 いくら被告人を問い詰めることが仕事とはいえ、ですよ。 そこまで厳格な結果責任を負わされたら、救急医療なんて怖くて誰もやりたがりません。

 さらには、体内の割りばしというのは、レントゲンでは発見できないのだそうです。釘などの金属ならX線を通さずにハッキリ映るんですが。 CTスキャンでは、ボンヤリ映るそうですが発見は難しい。 それ以前に、CTは幼児の身体に悪いそうで。 なにしろ放射線を浴びせますのでね。

 割りばしが刺さっているのを発見できるとしたら、MRI(磁気共鳴装置)らしいのです。 それでも、割りばしが直接映るというのではなく、のどや脳の一部が欠損して見えることから、割りばしの存在を疑う、推認する、といった手続きを踏むようですが。

 

 C.死亡結果の回避可能性があったか?
 D.死亡結果を回避する義務を怠ったか?

 仮に、割りばしが脳に刺さっていることを発見でき、これが命にかかわる傷であることを耳鼻科の医師が認識できたとして、はたして救命の可能性はあったのかどうか。

 この判断については、医療の専門家にご意見を求めるしかないのですが、本件の検察側主張でも「50%はあった」とする程度です。 「2割以下」や「限りなくゼロに近い」という意見も少なくないようです。

 過失犯についての直接の判例ではありませんが、違法薬物を女性に打って、そのまま放置した事件について、その被告人の責任を問うには、もし適切な処置がとられた場合に少なくとも「十中八九」、つまり8割から9割の救命可能性が必要だとした最高裁の判断があります。

 残念ながら、大学病院にブラックジャックはいないのです。 だとすれば、たとえ、予見可能性あり・予見義務違反(AB)があったとしても、回避可能性なし(C×)と認定され、4「過失」無しとされる公算は高いかもしれません。

 

 しかし、川口裁判長は、4「過失」はあるけど、3「因果関係」が無いと認定して無罪という判断を導きました。 どっちみち結論に変わりはないのですが、「過失はあったのだ」という国家権力からの宣言は重いものです。

 ただ、気になるのは、判決理由の中で「割りばしがのどを突いて頭に刺さっていることに気付いても、救えた可能性は極めて低かった」とされていることです。 じゃあ、結果回避可能性を満たしてないから、やっぱり4「過失」が無いんじゃないか、とも思えます。

 実は、3「因果関係」と、4「過失」は、一部で似たようなことを言っているのです。

 

 「因果関係」の正体は、分析するとこうなります。

 ア)「1『原因行為』を取り除けば、2『結果』も無かった」という関係(条件関係)

 イ)「生じた 2『結果』の責任を、1『原因行為』を行った者に負わせることが、この社会の常識としてふさわしいか」(相当性)

 本当に刑法って「概念のミジン切り」が多いんです。 ロシア民芸品「マトリョーシカ」どころの騒ぎじゃありません。 人形の中に、2個か3個の人形が入っていて、さらにそれぞれの人形の中に5,6個ずつ……、という有り様。 
 そういう細か~いミジン切りをイライラせずに愛する余裕のある人が、刑法を得意になれるんですよね。 「刑法学は、文科系の数学だ」といわれるゆえんです。 頑張ってください。 誰に言ってんだろう。

 この ア『条件関係』ですが、要するに「そんなことやらなきゃ、結果は避けられたのに」と言っているわけでして、これはまさしくC「結果回避可能性」と似たような話なんですよ。
 これは、過失犯の体系を構築する過程で、故意犯の枠組みを借りてきたがために生じてしまった悲しみです。

 なので、刑法のココロを解さぬ大ざっぱなO型の私に言わせてもられば、本件は、「過失なし」として切ろうが、「因果関係なし」として切ろうが、どっちでもよかったんだと思います。  しかし、川口裁判長はあえて「無罪にはするけど、過失はあるよ」と宣言し、医療現場、殊に救急救命の現場に向けて警鐘を鳴らしておきたかったのかもしれません。

 理論的というより、政策的な理由づけなんでしょうかね。

 ご両親は2000年、担当医師と大学病院(学校法人)を相手取って、約8900万円の損害賠償を求めて提訴しています。 民法上の損害賠償が認められるかどうかについては、また基準が違ってきますので、精神的苦痛に基づく慰謝料であれば、一部認容される可能性はありそうです。 第一、こうして刑事で「過失」が認定されていますしね。

 それにしても、民事訴訟は時間がかかりますね。 仕方がないのでしょうか。

 

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 文字だけで、どうしてこんなに面白い? ここまで笑わせてしまう魔力は何なのか。電車の中で読んどると、周囲から気持ち悪がられるので、ご注意を。

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2006年3月23日 (木)

法廷の匿名希望さん

>>> 窃盗罪:初公判で男が「刑務所から出たらまた万引きやる」
 東京都台東区で店からケーキなどを盗んだとして常習累犯窃盗罪に問われ、身元を明かさず「上野警察署留置番号第7号」として起訴された男の初公判が22日、東京地裁であった。男は過去3回、同様に身元不明のまま窃盗罪で実刑判決を受けており、被告人質問で「服役して刑務所から出てきたら、すぐまた万引きをやるのは間違いない」と答え、裁判官や検察官を困惑させた。(毎日新聞)2006/03/22

 いきなり、ものすごい開き直りで、かましてくれてますが。

 この公判、昨日の午後3時15分から行われたものです。開廷予定表の被告人欄で「氏名不詳」となっておりまして、ずっと気になって観ようか観まいか迷っていたんですが、有料メルマガの今週号を書き上げないといけないということで、午前中だけで裁判所から帰ってきました。

 「ひょっとしたら、一見の価値があったのかもなぁ……」と思っていたんですが、毎日新聞さんが代わりに傍聴してくれて助かりました。
 私が昨日の午前中に傍聴した「巣鴨のご長寿スリ(御歳80、前科19犯)」も、見ごたえあったんですよ。 この方は事件当時、自分の財布に7万円持ってたのに、他人のポケットに手を入れていたそうです。

 男は白髪交じりで、人定質問には答えず、2月4日にディスカウントストアの食品売り場でケーキなど4点(計795円)を盗んだとの起訴事実は認めた。「仕事にありつけるか分からず、生活のため食料品を万引きして暮らすしかなかった。社会に戻ると被害が増えるので、できるだけ長く刑務所に入れたほうがいい」。検察側が読み上げた調書で、男はそう供述していた。(同)

 裁判を傍聴しても、報道を見ていても実感しますが、万引きで生計を立てる人って多いですよね。犯罪心理学者によると、おもに社会的なストレスが原因らしいですが。

 昨年、石川県警が独自に行ったという調査によると、同県内で万引きで検挙された成人は、2000年は282人だったのが、2004年には約2.5倍の707人にまで増加しているのだそうです。万引きの全検挙人員の65%を成人が占めており、「もはや『大人の犯罪』とも表現できるような状況だ」としています。困りましたね。

 しかも、この被告人は、人定質問(※最初に氏名・生年月日・本籍地・住所・職業を裁判官が尋ねて、法廷に出てきているのが被告人本人であることを確認する儀式)で全部黙秘してみせたそうで。

 名前を黙秘した結果として、みんなから無機質な番号で呼ばれることになった被告人。 ひょっとしたら、被告人の本名は、他人に言えないぐらい恥ずかしいものなのでしょうか。 たとえば、『山田チョメチョメ丸』とか。
 でも、いくら人前で口にできないような名前でも、言うべきだと思えば言えばいいし、言いたくなければ黙っていればいいんです。 いくら気恥ずかしくても、名前は親からの最初にして最高の贈り物。 チョメチョメ丸ならチョメチョメ丸として、その運命を広い心で受け入れ、堂々と胸を張って生きていけばいいじゃありませんか。 なぁ、チョメチョメ丸よ。

 こういう「氏名黙秘」という戦略が認められるかは微妙です。法律上(憲法上)規定されている被告人の黙秘権は、特に「包括的黙秘権」と呼ばれていまして、名前どころか、何を聞かれても最初から最後まで一貫して黙っていることだって許されるとされます。

 ただ、これは学説上の話であり、最高裁の判例は、黙秘権は氏名におよばないとも言っています。

 かつては、黙秘権といったら『国家権力の横暴に屈しない覚悟』を見せつけたい、運動家の被疑者が行使するなど、イデオロギー的色合いが強かったのですが。

 この第7号さん、以前の裁判でも名前を言わなかったようですので、この黙秘作戦は、弁護人からの入れ知恵というわけでは無さそうです。

 

◆ 日本国憲法 第38条(自己負罪拒否特権)
1 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

◆ 刑事訴訟法 第311条(被告人の黙秘権)
1 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。

◆ 刑事訴訟法 第291条(黙秘権の告知)
2 裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。

 

 こういう権利は、「しゃべるかしゃべらないかを決める」という最低限の自由を保障しているわけです。裏を返せば、訴追側による無茶な拷問や自白強要に対抗する武器にもなりえますし、捜査官に都合のいい供述調書を作らせることを避け、被告人がぬれぎぬを着せられないための防波堤としても機能します。

 でも、「黙秘権」という権利は、一般の方にはなかなか理解していただきにくい概念ですよね。黙りこくる被告人に対して、皆さんは「悪いことをしたなら、サッサと認めろよ」と、一種のイラ立ちを覚えるかもしれません。
 たしかに、それも正しいのですが、

 ・ 誰ひとりとして、絶対にぬれぎぬを着せてはならない。たとえ真犯人を取り逃がしても。

 ・ 一部はやったとしても、そこからのなし崩しで、やってないことまで罪をかぶる必要はない。
 

……という要請だってあります。

 コナン君の言うとおり、「真実」は、いつもひとつかもしれませんが、「正義」は、立場によって複数ありえるのです。

 いくら賢かろうと、裁判官は神ではありません。 間違いを起こす人間だからこそ、また、間違ったら取り返しのつかない結果が引き起こされるからこそ、最終判断者は結論を決めつけてはなりませんし、つねに謙虚な態度で臨むべきです。

 とはいえ、本件被告人の、開き直ったその態度も気に入らないのよぉ~~♪  氏名の黙秘が、まるで2ちゃんねるでの匿名性みたいに、傍若無人に振る舞うための免罪符のようになっては残念です。

 ちなみに、判例では、氏名を黙秘したままの弁護人選任届は無効だとされていますので(※私にはその理由がわかりませんけど。この場合「上野署第7号」と署名しておけば、誰がどの弁護士を依頼したか識別できるんですから)、本件で就いた弁護人は、私選ではなく国選だということがわかります。

 裁判官が「今度出所した時は、盗みをしなくても何とかなるよう考えなくては」と更生を促すと「年を重ねるだけで駄目ですね。何だか不思議な裁判になっちゃいましたね」と返答。裁判官も「本当、不思議な裁判だね」と苦笑した。(同)

 不思議にしちゃってるのは、あなた自身ですよ。第7号さん。

 

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 裁判官の人数が絶対的に足りない日本の司法権に、なぜ、無視できない数の「裁判しない裁判官」たちが存在しうるのか。

 そして、「裁判官の独立」というタテマエをぼやかす、最高裁からの人事的圧力。さらに、日本全国の裁判官の判断内容を、最高裁がトップダウン方式で統制しているとウワサされる、「長官所長会同」という名の集い。

 これらも司法権の正義なのか? それとも必要悪なのか?

 詳細な図表が多く収録されているためか、少し値が張ってしまう本なのが玉にキズですが、司法権という聖職組織が抱えるドロドロした現実を少しでものぞいてみたい方には、ぜひお勧めしたい一冊です。

日本司法の逆説―最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち
日本司法の逆説―最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち 西川 伸一


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2005年12月12日 (月)

それでもダメなのか? ネット選挙運動

 まだウィンドウズ95フィーバーが冷めやらない頃、当時の自治相が1996年に出した通達があります。「インターネットで選挙運動をすんな」と。選挙期間中にサイトを立ち上げたり、既存のページ内容を更新したりすることは、公職選挙法に違反するというのです。

 このお達しは、全国の選管が各方面からの問い合わせに答える形で、一般に広まっていったわけです。現に、今年9月の総選挙を前にして、民主党と自民党のホームページに対し、総務省からの「指導」が入り、各党は内容の一部を削除しています。

 「そういうオマエは、最高裁判事の国民審査のページを作って、選挙期間中なのに、ああでもないこうでもないと、バンバン書き換えとったじゃないか」とお思いになる方もいらっしゃるかもしれません。が、国民審査に公職選挙法の適用は無いのです。


◆ 公職選挙法 第2条(この法律の適用範囲)
 この法律は、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙について、適用する。


 ただ、お上のお墨付きがあったわけではありません。もしかしたら、「国民審査のオカズ」も公職選挙法に違反した存在だった可能性が無いともいえませんので、あるとき突然、このブログごと消されているかもしれません。

 一緒に私も消されたりして。夜道を歩くときには気を付けます。


 きたる今月22日、ネット上の選挙運動が認められないまま行われた先の衆院選(殊に比例代表)は無効であると訴えた裁判の判決が、東京高裁で言い渡されます。
 この訴訟の原告は、なんと法学部の学生さんとのことで驚きました。立派にキッチリと勉強なさってるんでしょうね。日本の将来に期待が持てます。

http://www.geocities.jp/netelec05/


 ネット選挙運動が、なぜ認められないのか。総務省の見解によると、ホームページやEメールは、公職選挙法にいう「選挙運動のために使用する文書図画」にあたるというのですが。

 この「文書図画」を配る場合、142条で枚数が制限されていますし、上空などからバラ撒くことは全面禁止です。あるいは、2003年に新設された142条の2にもとづき、各党のマニフェストを配布することが許されるぐらいです。
 また、「文書図画」を掲示することは、あらかじめ143条に挙げられているもの以外は禁止されています。
 
 ちなみに、法律業界で「図画」は “とが”と読みます。“ずが”ですと、小学校の図画工作を連想させるので、なんとなく安っぽいからでしょう。


◆ 公職選挙法 第143条(文書図画の掲示)
1 選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号のいずれかに該当するもの(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては、第一号、第二号、第四号及び第五号に該当するものであつて衆議院名簿届出政党等が使用するもの)のほかは、掲示することができない。
  一  選挙事務所を表示するために、その場所において使用するポスター、立札、ちようちん及び看板の類
  二  第141条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶に取り付けて使用するポスター、立札、ちようちん及び看板の類
  三  公職の候補者が使用するたすき、胸章及び腕章の類
  四  演説会場においてその演説会の開催中使用するポスター、立札、ちようちん及び看板の類
  四の二  個人演説会告知用ポスター(衆議院小選挙区選出議員、参議院選挙区選出議員又は都道府県知事の選挙の場合に限る。)
  五  前各号に掲げるものを除くほか、選挙運動のために使用するポスター(参議院比例代表選出議員の選挙にあつては、公職の候補者たる参議院名簿登載者が使用するものに限る。)
2 選挙運動のために、アドバルーン、ネオン・サイン又は電光による表示、スライドその他の方法による映写等の類を掲示する行為は、前項の禁止行為に該当するものとみなす。
(※以下略)


 ひょっとして、ホームページは、この143条2項で禁止されている「映写等の類」にあたるんでしょうか……。うーむ。だとしたら次の手段。そういった映写等の類を「掲示」していないと主張すればいいのです。

 この「掲示」とは何かについて、学者さんはいろいろ定義してらっしゃるようですが、ネット上にホームページのデータをアップロードすることを、ポスターの貼り付けと同列に扱っていいものかどうかは、あらためて考える必要があります。

 街中に、見たくもないポスターがベタベタ貼られ、「○山○夫」と書かれた派手なネオンサインが頭上を覆い、その下で「お兄さん、スケベかーい? 寄ってかないかぁ~い」と呼び込みされるような選挙運動が行われれば、そりゃ世も末でしょう。 ちょっと楽しそうだけど。
 しかし、選挙運動用のホームページを立ち上げることは、そこまで選挙制度や日常生活の秩序を乱したりはしません。なぜなら、ホームページは見たい人が見るのであって、わざわざ自分でURLや検索ワードを入力したりしてアクセスするものだからです。逆に、作った側からみれば、受け身のメディアです。そこが、ポスターなどで想定される「掲示」という概念とは根本的に違う点だといえます。

 まぁ、たとえば、ヤフーのトップページなど、非常に目に付く場所にバナーリンクを掲載したりすれば、また性格が違ってきますし、「金のかからない選挙」という理念にも反するでしょう。
 それに、ブログはどうなるんでしょうかね。トラックバック機能で、他人のブログからリンクを貼ることができる点を考えれば、少し攻撃的です。とすれば、ホームページとは、いちおう分けて考えていく必要があります。

 この訴訟では、ホームページと一緒にEメールでの選挙運動についても解禁を目指しているようですが、私に言わせてもらえば、ホームページとメールは、似て非なるメディアです。メールは相手にムリヤリ送りつけるものであって、しかも送信した後の書き直しができません。だからメールマガジンは難しいんです。(と、ついでにメルマガ休刊の言い訳)

 ホームページの立ち上げは143条の「掲示」の問題でしょうが、ダイレクトEメールの送信は142条の「頒布」「散布」に近いイメージであろうかと思います。文書の「頒布」については、ビラの数量規制がありますし、ましてや「散布」とみなされて全面禁止されては厄介です。なので、ここは「ホームページ等」とせず、ホームページのみに的を絞って争ってみるのも、ひとつの作戦だったかな、とオジサンは考えます。

 奇しくも、こないだの総選挙からわずか数日後、外国に住む日本人の選挙権を十分に保障してこなかった国の違法性を認めた最高裁判所大法廷判決が出ています。外国に住む方々が、故郷のどの政党やどの候補者に投票するかを決めるのに使える情報源として、インターネットは第一に挙げられるものです。なのに、ネット選挙が認められなければ、あの大法廷判決の威光は半減してしまう、というべきでしょう。

 さて、「最高裁チルドレン」の東京高裁は、どう出ますか? 22日に、ひと足早いクリスマスプレゼントを、ちょうだいな!


地方議員のための支持者をふやすホームページの鉄則―ネット時代の議員活動PR・新手法!
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2005年11月21日 (月)

子供の未来を断つ行為

>>> 胎児死亡:交通事故の影響で 加害者は致死罪に問われず

 妊娠9カ月で交通事故の被害に遭った女性(30)が事故の影響で胎児を失った。加害者を業務上過失致死罪に問えるか否か--。札幌地検は検討を重ねた結果、致死罪での立件を断念し、けがをした女性と夫(31)に対する業務上過失傷害罪で加害者を起訴した。胎児は帝王切開で生まれ、11時間の命だった。「胎児に人権はないのか」。夫妻は釈然としない思いを抱き続けている。

 ◇「胎児に人権はないのか」

 胎児は女の子。仮死状態で取り出され、人工呼吸で息を吹き返したが、翌朝、夫妻の目の前で息を引き取った。「手の中でどんどん冷たくなっていった。それが子供に触れた最初で最後。何もしてあげられなかった」。夫は無念の思いを口にする。妻は意見陳述書に「苦しい思いだけさせて死なせてしまい、涙を流して娘に謝りました」とつづった。2人の初めての子供。春に生まれるからと名前を「桜子」と決め、ベビーベッドや服も用意していた。

 事故は03年12月、札幌市東区で起きた。年末の買い出しに出かけた帰り道、凍結路面でハンドル操作を誤った対向車が中央線を越え、夫妻の車に衝突。運転席の夫は鼻骨骨折、妻は左手骨折の上、下腹部を強く圧迫された。

 事件を自ら担当した札幌地検の依田隆文交通部長にとっても初のケースだった。法務省刑事局にも照会したが、致死罪での立件は困難との結論に達した。「刑法上、『人』として扱われるのは母体から胎児の一部が露出した時点から。今回のケースは母体内で危害を受け、生後11時間で死亡したため、『人』として扱えない。過失規定のない堕胎罪とのバランスも考えた」と説明する。

 「私たちは法の範囲でしか動けず、感情で押し切れない。しかし、医学の進歩に法律がついていっていないのかもしれない……」。依田部長は胸の内を語った。

 加害者の男(35)を今年9月、起訴した。論告に「十分人間と呼ぶに足りる状態だった胎児を死に至らせた結果は極めて重大」と記載し、禁固2年を求刑した。判決は11月末に言い渡される。

 夫は地検の配慮に感謝しつつも、「今の刑法は胎児の人権を担保していない」と悔しさをにじませる。事故後、精神的に不安定になった妻を支えるため仕事を辞めた。現在は小児医療に携わろうと大学に通う。

 交通事故の影響で早産で生まれた女児が36時間後に死亡したケースで、秋田地裁は79年の判決で「刑法上、女児は『人』になったと言えず、胎児の延長上にある」として業務上過失致死罪を適用しない判断を示した。

 北海道大大学院法学研究科の小名木明宏教授(刑法)の話 胎児は生物学的には「ヒト」だが、刑法上の「人」として扱うのは難しい。現行刑法を変えるとすれば、全体のバランスをとるために大手術が必要だ。「ヒト」はいつから「人」として扱われるか、どのように扱われるべきかを幅広い視点で考えるべき時期に来ているのは確かだ。(毎日新聞)2005/11/13

 
 
 法解釈作業の主なものとしては、条文にある言葉の意味を、通常よりも広げるか狭めるかの決定があります。本件と関連させて申し上げれば、刑法上の「人」に、出産前の胎児は含まれておらず、通常の意味で使われる「人」よりも狭い意味で用いられている、というわけです。

 あるいは、裁判所は、ヒトのDNAを持つ生命体に「人」としての資格を与える線引きを、常識的な認識よりもズラしている、という言い方もできそうですね。

 ただ、こういう特殊操作が行われれば行われるほど、「常識の延長上にあるべき法律が、常識から乖離してどうするんだ」「単なる言葉遊びだ」などの批判が増えてくることになります。その批判は正当なものですが、時代の流れや定着した世論に即した法改正が遅れている場合(or議員センセイが怠慢で放置している場合)には、なんとか妥当な結論をひねくり出すためにも、仕方なく司法が言葉遊びをせざるをえない、という側面もあります。

 まず、そこを踏まえておかないと、この問題の難しさはなかなか伝わらないかな、と思っております。

 じつは、刑法上の「人」の定義は、現行の刑法典に書かれているわけではありません。胎児の身体が一部でも母体の外に出れば、他者からの攻撃対象になりうるのだから、その時点で「人」として扱って保護しよう、という「一部露出説」を、明治時代に司法府が宣言し、その原則論が現在まで連綿と息づいているにすぎません。

 だったら、判例を変更して定義しなおせばいいじゃないか。子供が無事に産まれて育つかどうかも紙一重で「7つになるまでは神のうち」とされたのも遠い昔。医学の発達によって、胎児が無事に出産まで至る確率は格段に上がっている。
 しかも、生命の神秘にこれだけ科学のメスが入り込み、公害や交通がこれだけ大がかりになった危険極まりない時代なんだから、もはや、卵子が受精した時点で「人」にしないと保護したことにはならん。それが21世紀だぜ、バイオてくのろじーだぜ……ということにはなるんですが……。

 「人」の定義を変えるということは、法体系の「全体のバランス」を崩すおそれがあると、記事中で北大大学院の先生はおっしゃっています。

◆ 刑法 第212条(堕胎)
 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、1年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第213条(同意堕胎及び同致死傷)
 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、2年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、3月以上5年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第214条(業務上堕胎及び同致死傷)
 医師、助産師、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、3月以上5年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、6月以上7年以下の懲役に処する。

◆ 刑法 第215条(不同意堕胎)
1 女子の嘱託を受けないで、又はその承諾を得ないで堕胎させた者は、6月以上7年以下の懲役に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。

◆ 刑法 第216条(不同意堕胎致死傷)
 前条の罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
 
 
 
 一連の「堕胎の罪」でございます。「女子(母親)」への配慮はございますが、堕胎で母体外に押し出され掻き出されした胎児については、何も書かれていません。そもそも、殺人罪よりもはるかに軽い刑罰が設定されているのですから、胎児の生命を断つ行為は、その程度のものだと。胎児を「人」として扱っていないことは明らかです。

 たしかに、これをもって「法的に、胎児はほったらかしにすべきなのだ」とも読めます。しかし、胎児について刑法で特に触れられていないということは、具体的な運用は司法府に委ねられている、と捉えることも可能なはずです。

 各種堕胎罪が成立する場合、その堕胎させた医師(場合によっては母親)には、加えて胎児についての殺人罪が成立する……と考えることも、論理的には禁じられていません。交通事故を起こして胎児を死亡させた点につき、業務上過失致死罪で摘発することも同様です。刑法改正は不要で、単に「一部露出説」と呼ばれる大審院・最高裁判例、その事実上の重しが、現場の裁判官や検察官の背中に乗っかっているだけなのです。
 ただ、それだけなのですが、その重さが想像を絶するものなのでしょう。上で、ご紹介した事件では、胎児への犯罪を成立させることは断念し、父母に対する業務上過失傷害の公判の中で、「胎児の生命を奪った責任」について検察官が言及するという手法を採りました。苦肉の策です。
 
 悩んだのはわかりますよ。わかりますけどねぇ。なぜ、司法試験が法律系の国家試験で最も難しいとされているのか。それは、頭に詰め込んだ知識の蓄積だけでなく、今ある法律を駆使して、新しい事態にどれだけ対処できるか、どこまで現代社会の空気を読めるか、も問われているからです。少なくとも、私はそう認識しております。

 秋田地裁の判例が記事中で紹介されていますが、その後に、胎児性水俣病に関する最高裁判例が出ています。そこでは、胎児の際に原因行為(この場合は有機水銀が体内に入ること)があって、その影響が出生後に顕在化した場合には、出生した「人」について業務上過失致死傷罪の成立を認めているのです。この論法を借りれば、胎児の際に原因行為(交通事故)があった本件でも、同罪での立件は十分に可能だろうと考えられます。

 もともと、堕胎罪での検挙は少なく、年に1回あるかないかの頻度です。妊婦が事故にあって胎児が傷害を負い、あるいは死亡するという事態は、堕胎行為よりは発生頻度が高いとみられますが、立法府で堕胎罪廃止の可能性も含めた適切な刑法改正がなされるまでの経過措置だとすれば、大きな問題は生じないのではないか、と思うんですけれども、やっぱり、そこは「最高裁チルドレン」。親が設定した一部露出説という正解に逆らうわけにはいかないのですよね。司法試験や司法修習制度が彼らに少しずつ投与してきた薬の効果は絶大です。

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