2006年4月15日 (土)

戦前のポップな法律雑誌

『近きより』発刊の言葉(昭和12年4月)
 私はいろいろな意味から雑誌を出してみたくなった。(中略) 職業は弁護士、弁理士であるが、時々は検事になりたいような気分になる。
 たまには朝日の鉄箒欄に於て鬱を散ずることもあるが、そんなこと位では腹の虫が納まらない。
 「思しきこと言わぬは腹ふくるるわざ」と兼好法師はいったが、現代的に言えば「思うことを発表しないと、消化不良や憂鬱症に罹る」ということだと思う。
 ベルクソンに従えば、人間の笑いにすら社会性があるというのだから、我々の公共心は、その根深く源遠き本能といってもよろしいと思う。
 本能が圧迫されたら病気になるのも無理はなかろう。私がこの小雑誌を出すに至ったのは、恋愛や食欲と同じように、私の本能の満足のため、ということも出来る。

 ここでハッキリ申し上げます。 今の法律関連の本は、どれもこれもかれも、腹が立つほどつまらなすぎます。 どうして法律本はつまらないのか。 ひとつ原因として考えられるのが「実用性に偏りすぎている」ということではないでしょうか。

 「正義の法律用語辞典」しかり「擬似恋愛で乗りきる受験」しかり「国民審査のオカズ」しかり。 私の考える出版企画は、そりゃことごとく商業ベースにゃ乗りませんよ。 「裁判員予備校」に関しては、「始まるの2009年でしょ? まだ早すぎる」って、先走りを注意されますよ。

 でもね。

 出版社の方々、監修や執筆陣に名を連ねる弁護士の先生方。 「役に立つ」とか「知ってトクする」だとか。 そういう売り文句を使うことでしか市場で支持されない、と思い込むのって、息苦しくありませんか。 出版大不況という条件下で、無茶な冒険ができないのはわかりますけど、「2匹目のどじょう」を狙う、駆け込み的な利益の前には、「表現の自由」とやらもひざまずくしかないのでしょうか。
 だから、法律というコンテンツは、いつまで経っても「専門家が一般庶民に与えて有り難がられるもの」という、閉塞感あふれる枠組みから抜け出せないんです。

 このブログや、「東京地裁つまみぐい」というメールマガジンを、いろんなサイトで紹介してもらおうと登録することがあるんですが、そんなとき、『この中からジャンルを選んでください』と、先方が用意したリストが表示されます。 その中に「政治」「経済」「ビジネス」は、当然のようにあっても、「法律」だとか「司法」という選択肢が出てくることは、まぁビックリするほどございません。 つまり、一般人が手をつけるべきジャンルではない、と思われているのです。

 たしかに法律知識は、強力な武器や防具になりうる実用性があるでしょうけど、武器や防具には、それを作った人の「こういう世の中を作りたい」という願いや祈りも込められているもんです。 法律という設計図に込められた熱い想いにこそ、法治国家の核心があるのに、そういった哲学を見過ごして、ただ「トラブル解決」「争いに勝てる」という目先のメリットを売りこむことばかりに心血を注がれるのは残念です。

 法律は、たしかに「消耗品」という側面もありますが、人間の知恵の蓄積とか、その知恵の限界が垣間みえてしまう、とても面白いジャンルです。 政治・経済に勝るとも劣らない魅力を持っていると私は信じています。

 あるアンケートで、日本の男性が最も興味・関心を寄せるニュースは、政治でも経済でもビジネスでも無いことが判明しています。 「スポーツ」と肩を並べるほぼ同率1位で「事件・事故」が挙がっているのです。 法律や裁判というコンテンツの潜在性や底力が見えてくるってなもんですよ。 ……でも、何のアンケートだったか、出所を忘れてしまったのが、なんとも痛いですが。

 この正木ひろし氏の「近きより」は、大衆からの支持なんか考えず、誰の方針にも従わず、好き勝手に動いている感じが素晴らしいんですよね。 創刊号から「日常法律問答」という、会話形式で法律問題を解きほぐすコーナーが連載されてるんですが、まったく古さを感じさせない、驚嘆に値するセンスです。 私のメールマガジンの「横枕先生インタビュー」なんか、ホントにくだらなくて恥ずかしいもんですよ。

 

 原 稿 募 集 (枚数は適宜)
 一、読者の公共心愛国心を刺戟する記事。
 一、生活をゆたかにする智識、ニュース、御感想、又は哲学科学文学等に関する随筆等。
 一、読者相互の親睦を発生又は増大するに資すべき記事、身辺雑記、御消息、御紹介等。
 一、相互扶助の意味にての読者相互に何か求むる記事、花嫁、花婿を求むるもよし、女中、書生、書物等を求むるもよし、他人の著書、商品等を紹介するもよし。
 一、法律問題、人事問題に関する記事。
 一、読者を朗らかに微笑させる記事。
 但し、当分の間、原稿料は支払えず。 掲載時日は一任を乞う。

 これが出たのって、戦時のゴタゴタまっただなかですよ……。 現代の市販された法律雑誌よりも、いい感じで力が抜けてます。 うらやましい。

 

>>>>>>> みそしるオススメ本 <<<<<<<

近きより〈1〉日中戦争勃発 1937~1938
近きより〈1〉日中戦争勃発 1937~1938 正木 ひろし


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2005年11月23日 (水)

正木ひろしという弁護士

 「かつて共産主義に走った教授、官僚等が、今は全体主義に走る。一貫している部分は、『走る』ということだけ」(個人ミニコミ誌「近きより」昭和15年8月号)

 「あれがいけない、これがいけないといって、段々と枝を切っていくと、しまいには盆栽ができる。日本国を盆栽に仕立てようとしている一派がある」(「近きより」昭和16年6月号)
     何ヶ月か前に、テレビで正木ひろし氏を特集している番組を観て、興味を持ち始めました。

 昭和19年1月に茨城県で起きた、警官による被疑者拷問事件。時は戦局厳しき折。官憲の不法行為を摘発するために、監視の目をかいくぐって犠牲者の死体を発掘し、その頭部を切断。東京に持ち帰り、東京帝国大学法医学教室の古畑教授による鑑定の結果、警官による暴行の証拠をつかむことに成功したのです。  帝国弁護士会を動かして、その警官を起訴。裁判所は当初無罪を言い渡したようですが、戦後、昭和30年12月に最高裁から有罪の判決が下り、正木弁護士の主張は貫徹されたのです。

 その他にも、プラカード事件、三鷹事件、チャタレー事件、八海事件など、法律をかじった人間にはおなじみの裁判に多く携わっておられます。弁護士としての枠にとらわれない活躍ぶりが目を惹きます。

 正木昊は、明治29年生まれ。大正11年に東京帝大法学部を卒業したのですが、弁護士を職業にする気は毛頭なく、「自信のある技術は、画家より他にない」と、解剖学教室に通って人体写生の技術を研究したり、座禅をしたり、哲学書を読みあさったりしていた模様です。

 在学中には学部の講義にはろくろく出席せず、誰の紹介もなく、いきなり東京府立一中の校長を訪ね、その紹介で千葉県立佐倉中学校の教師となったり、長野県立飯田中学校の英語教師をアルバイトでやっていたといいます。

 身なりをあまり構わず、「西洋乞食」という不名誉なあだ名も付けられました。ひろしです。

 その後、新聞記者や雑誌の寄稿を続けているうちに弁護士登録。そして、昭和12年、大正デモクラシー時代からの自由な空気が失われ始めてきた不穏な時代背景に敢然と立ち向かうため、個人雑誌「近きより」を創刊したのです。

 ヘタに権力を叩けば、治安維持法で引っぱられてしまう世の中です。誰もが上からの圧力につぶされ沈黙している中、それでも、手を変え品を変えた巧妙な言い回しで、軍部やそれに追従するエリート達を容赦なく批判してみせる表現が痛快です。

 こういうトリックスターが大好きなんですよね。活躍するフィールドに関係なく。なので、正木ひろし専用の新たなカテゴリを立ち上げました。ま、立ち上げるといってもブログですので、クリック一発なんですが。

 これからも、暇がある限りで「らしくない弁護士 正木ひろし」を追いかけ、ひたすら地味に特集してまいりますよ。





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