眠れる遺伝子進化論
四方 哲也

発売日 1997/03
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科学としての生物学の真髄
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近ごろ個人的に気になっていることなんですが、ビジネスに関する本や雑誌などでは、19世紀にダーウィンの唱えた「自然淘汰」「適者適存」の着想に基づく「進化論」を引用することによって、資本主義社会の「勝ち組」を目指して努力することを正当化するような論調の記事がしばしば見受けられます。しかし、これはダーウィンさんのことを少し誤解したうえでの主張のように思われます。
私の理解力の限度で説明させていただきますが、ダーウィンは、たとえば「キリンは高い枝の葉を食べようと努力したから、首が長くなったのだ」という見方をキッパリ否定しています。「使用する頻度の高い器官が発達し、それが生物の進化につながる」との、ラマルクという学者の説を発展させて、「ときに生物に起こった突然変異のうち、環境に適さなかったものがどんどん淘汰され、環境に最も適応した種が選択を受けて残った結果が進化なのだ」と、ダーウィンは客観的な因果関係のほうを重視したんです。個人の努力が報われることを売りにするビジネス書には、むしろ向いていない学説なのかもしれませんね。
さらに、20世紀に入り分子進化学が確立されていく中で、日本の国立遺伝学研究所の木村資生さんは、「生存に有利でも不利でもない突然変異が生じては消える中で、たまたま幸運にめぐまれた変異が生物集団全体に広がって受け継がれていく」と説きました。生物の進化は、特別どこかを目指して「進」んでいっているわけではない。環境への最適化という方向性で選び取られてすらいない。いわゆる「中立説」と呼ばれる、かつての革新的理論です。
さらに、最新の研究では、ダーウィンの「自然淘汰」「適者適存」の考え方も否定されませんし、それどころか、特殊な環境下では、古典的とされていたはずのラマルクの説を想い起こさせるような現象が見られることも分かってきているみたいです。
ただ、「適者適存」にいう「適者」とは、必ずしも生物としての性能が高く、敵をうち負かす自慢の武器を有する強いものばかりではないことも判明しています。そういう優秀な個体は、一時は隆盛を誇っても「過ぎたるは及ばざるが如し」とばかりに、ときに客観的性能として「しょうもない」ようにみえる個体にコロッと負かされる場合もあるようです。
また、このような「適者適存シナリオ」に属する競争グループとは別に、出来は悪いが「とにかく滅びないシナリオ」を優先するグループが存在します。これら複数のグループが競合したときには、自然とお互いに共存していこうとするらしいんですね。
「優勝劣敗」の旗印のもと、生命としての効率の良さを重視する前者の「ダーウィン派」は、当面のライバルを押しのけて、鮮やかな「勝ち残り」を図ろうとします。この派閥で代表的な生物は、ウイルスの類だといわれているそうですが。
しかし、性能はイマイチだが「しぶとい生き残り」を目指す生物たちは、「相互作用」というものを利用しながら、他の多くの生物との「競争的共存」を志向します。ここにいう相互作用とは、それぞれの個体がいかんなく能力を発揮して利己的に繁栄しようとしていたのに、そのうち自然と休戦状態のようになって、各グループが干渉し合いながら一定割合で共存しつづけてしまうという、すべての生物が共通して持つ性質をいうらしいです。
そして、この相互作用の中で、優秀な「ダーウィン派」の種を相手に安定的に生き残るためには、自らを「複雑化」させているほうが都合が良いとのことなんです。外部との多彩なチャンネルを持てるうえ、潜在的に多様性を持っているほうが、自然環境やライバル構成などの様々な変化にも柔軟に対応できるからです。ちなみに、ひとつの種がオスとメスに分かれていて、奪い奪われ、フりフられ、くんずほぐれつ、時に嫉妬や妥協などの思いが渦巻くのも、この複雑化戦略の一環なのだそうです。そうして、私たちのご先祖は、効率化をとりあえず横に置いといて、即効性の薄い種々雑多な部分をたっぷり含み込みながら、数々の絶滅の危機を逃れてきたのだとされています。
ヒトのDNAの中で、遺伝情報として有効な部分は全体の5%にすぎず、残りは全て使えない「がらくたDNA」であるのは、私たちの先祖が代々「効率・能率を武器にした勝ち残り」よりも、「無駄・複雑で丸め込むしぶとさ」をポリシーにしてきた何よりの証拠とされているようです。
私は、ここに「不適者適存」の現実を見るのです。自然界における弱い立場の生物が、「勝ち残り」を賭ける列強のライバルたちと影響を及ぼし合いながら、いちおう彼らと足並みを揃えておいて密かに繰り返してきた「複雑化」こそが進化を支えてきた、という考え方は、生半可なビジネス本の「進化論」より、よっぽど私たちに勇気と指針を与えてくれるような強い説得力を感じるんです。
ひたすら誰かの目や声を気にしながら、画一化の方向へ進みたがる社会的エリートの発想よりも、複雑や多様性のほうを気に入っておられるすべての方へ。


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