いまごろオトナの階段のぼる (?) ヒゲヅラ32歳
確定申告を終えました。
私は今まで「面白いモノを書きたい」とか「だれも読んだことのない本を出したい」とか、大それたことを考えながら、チンタラやってきたわけです。
ただ、こういう「おカネ」の世界の枠組みに落とし込むと、この仕事というのは、原稿を出版社に売って対価をいただくという「取引」なのだと、あらためて実感させられます。 「事業所得」以外のナニモノでもないわけです。
その自覚は足りなかったかも。 しかも、個人事業主の開業届というのを出し忘れてましたし。 どんだけ成り行きまかせかと。
ほかにも、知らずにソンしてた事柄がモロモロいろいろあって、その容赦なく襲いかかる疎外感には圧倒されますなぁ。
昨晩、幻冬舎の編集の方とお食事しました。 まぁ、ひとことでいえば、私にとって頭が上がらない人です。
ガラにもない高級イタリア~ンに舌づつみを打って、トレビアぁ~~ン ご満悦。
いろいろ話をさせていただいたなかで、その編集の方のお口から、こんなお言葉が。
「本だけ書いて収入を確保するのはリスクが高すぎますので、週刊誌の編集者に働きかけてみては? 私と関わってても、雑誌には書けませんよ」
「この世界は、編集者が著者を大事にしないんですよ。 便利に使い捨てにする人もいます」
その瞬間、全身に鳥肌が立って、何もしゃべれなくなってましたけど……。 あまりにも痛いところを突かれたので
← プスプス
← ツンツンと
いろいろと、いまわしい思い出が、脳裏にフラッシュバックされていきます。「あぁ、オレ、今ナメられてるなぁ」と思わされるような、某編集者の過去の言動などなど。
ますます、豪華なイタリア料理に目線を落としたまま黙り込む私。
いちおうは、ベストセラーの目安とされる「10万部ライン」を超える本を出せた私ですが、それをマグレだとみなして見下そうと思えば見下せるんですよね。 文章というのは基本的に、誰だって書けるものですから。
確定申告の準備を進めていると、「変動所得」という概念に行き当たります。 自分のチカラではどうしようもない要素によって、年々大きく動いてしまう所得のことで、物書きや作曲家など、印税収入を得ている人や、農業・漁業の従事者にみられる所得です。
一見すると互いに大きな隔たりがあるように思える、農業・漁業と物書きという職種が、同じカテゴリーにくくられるのが面白いなと思いました。
もしかしたら、物書きやイラストレーター、カメラマンなどといった商売は、サービス業のなかでも、第一次産業(生産業)にかなり近いのかもしれません。
何もない、茶色い土だけが広がる地平から、大きな実りを得ようと試行錯誤する人たち。 白紙のうえに、言葉をどうにか社会的に意味のある形で並べようとする人たち。
現代社会で、第一次産業と親和性(?)のあるライターが軽視されるというのは、まぁ、ありがちな傾向かなと。
だから、読者を惹きつける文章を書く(著述)より、出版社をいろんな意味で魅了する(営業)ことのできるライターのほうが、実際は強いですよね。
何をいかに書くか、わからないことをどうやって調べるか、という悩みは二の次にまわして、この職業を食いぶちを確保するための手段だと割り切り、多くの編集者と幅広く親しくなることに重きを置くほうが、生き残り戦略としては賢いのです。
わからないことがあれば、誰かに聞いてメモすればいい。 それらしい文言を聞きかじりして並べてあるほうが、むしろ発注者には安心感をもたれて評価される。
……なんだか、デジャブな感じだなー。 司法浪人時代の。
そういう人たちって、チカラを持つ人に狙いを付けてアクティブに立ち振る舞っていますので、一見すると積極的な活動を行っているように見えますけど、裏を返せばガッチガチに防御本能でご自分を固めてるんでしょうね。
ドラクエをやってれば、まず間違いなく、ヨロイや楯からレベルアップさせるような人たちだと決めつけてイイと思います。 これは手堅い。 ゲームですら遊びが無い人たちですから、そりゃ短期的に見れば強靱ですよ。
こないだ、見知らぬ雑誌ライターから「裁判官を批判して資質を問うような特集をやるのだが、どういう企画の方向性がありうるのか、お話をうかがいたい。 どういう法律の専門家にインタビューすればいいのか」などという「教えてメール」が来たんですが……
どんな義理や筋合いがあって、あんたトコの企画わざわざ練らにゃいかんのよ? 私がしゃべったことを載せるわけでもなく、単なる便利な「人脈仲介屋」でしょ。 そんなもんにエネルギー使って、おれに何のメリットがあるの?
その程度の想像がおよばないままメールを寄こしてるわけがありませんから、こやつも完全にナメてますよね。
若い人の仕業なら、気にせずスルーできたんでしょうが、どうやら私など問題にならないくらい、けっこうキャリアがある人のようで、それで仕事を続けてこられた事実がショッキングです。
まぁ、もうチョイ面白そうな企画なら協力もしたんですが、どうして最初から「裁判官の批判」という着地点ありきで進めようとしてるのか。 方向性すら迷ってる最中の分際で……(おそらく「批判しっぱなし」の記事を読んで、心がスカッとする読者が一定数いて、その潜在需要に貢献する企画ということなんでしょうが)。
タイトなスケジュールがあるんでしょうから、全部自分で調べろとはいいませんが、インタビュー取材とは、原則として「迷惑行為」だという意識が、彼らは麻痺してるんだと思います。 こういうライターにインタビューされる法律家も気の毒ですね。
自分の生活費を稼ぐ目的で並べた文字を、公の場に発表しておられる方々に、面白いモノ、書き残すべきモノを書く動機など求めても仕方ありません。
第一義の顧客を、読者でなく出版社だと位置づけているわけですから(もちろん、本人に尋ねれば『読む側のことも考えてる』と模範的に答えるでしょうけど、口先では何とでも言えます)、そんなライターを編集者がいくら重宝しても、出版という業界全体が盛り上がるとはとても思えないんですが、まぁいいです。
出版社が読者のことを考えてさえいればいいんでしょう。
そのまま蜜月の契約カンケイを続けてください。 文章を書いて食っていくなどというヤクザ者は冷たくあしらわれて当然。 その障壁を乗り越え、せっかく手に入れた編集者からの寵愛を手放すわけにはいかないでしょうから。
私にも、そういう量産型ライターの立ち振る舞いを見習わなきゃいけない部分があります。
上京したてのころは、バイトと並行して苦手な営業も断続的にしてましたけど、「肩書きがないから、今から行政書士ぐらい取ったりできないの?」だ の、「本という形式にこだわりすぎじゃないの?」とか、「国立大学出てるから、柔軟性がないんだな」だの、言われたい放題言われて(※すべて違う編集者にです)、営業に対する苦手意識がますます根深くなりました。
編集者のストレス解消の標的にさせられてるのかと、チョイ思いましたが。
でも、自分を売り込む根拠がなにもなかった当時と違って、まがりなりにもベストセラーだとおだてられる本を昨年出せたし、少しは状況も変わってきてるかなぁと、淡い期待して…… いいのかね?
ま、取り巻く環境が変わっても、私自身はまったく相変わらずですが。
だって、このブログを更新してるのは、大阪のホテルですもん。 営業する気ナッシングです。
今ある注文に応えておかないと気持ち悪いんです。 ナンカ。
さて、またまた空振りが続くであろう裁判所取材を再開するぞぉー。
編集者へのごあいさつも、いずれ始めますよ。 書くことや調べることに専念できるような環境は、どうやら物書きにとって贅沢品のようですので。
ただ、あいまいな契約で出版社とつながる相互利用カンケイは他人様に任せて、私は、多少の驚きをご提供しながら、アイデアや企みみたいなモンでつながりたいなと。
世の中を、なんとなくつまらないと思って毎日を過ごしている人たちに、「そうでもないよ」と言えるだけの価値をご提供して、この社会に少しでも貢献していきたいのです。
もちろん、ある程度の売り上げをビジネスの結果として出さないと、次を続けられなくなりますから、お金のことも、世の中をおもしろくする「手段」としては、いちおう考えています。
きゃー、理想論! (恥) きもちわるい! (笑)
あ、営業を得意とする人が、雑誌掲載交渉のエージェントをやってくれたりとか、そういうの無いんかいな…… ますますゼータクやわ。
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社会学なんて怖くない?
日経新聞の記事2006年9月27日



